第32話 事件の真相 【10月16日】 

 とっさに桧坂がパソコンに挿していたオレンジ色のUSBを、別の白いUSBに差し替えるのが見えた。

「山部さん、電話はお切り下さい。書類はそのままに。桧坂さんは、パソコンから離れて!」

 ポケットから銃を取り出してルカ・ベンが命じた。

 銃はドイツ製のシグザウエルSP2022。フランス警察も採用している9ミリ口径だ。

「盗聴していたな。ルカ、君は工作員だったのか?」

「それ言うたら、山部さん達かて民間の保険調査員やなくて、日本の政府が派遣した捜査官やないですか。ホンマにまあ何も探らんと私らの説明だけ聞いて島を出てくれてたら面倒な事に巻き込まれへんかったんですけどな」

 ルカ・ベンは山部に向けていた拳銃を下ろし、少し困ったような顔をした。

「山部さん、正直に言わしてもらいます。私は確かに、ブルンガ共和国の工作員ですけど、日本が好きで、心から両国の友好を望んでる者です。せやから、もしブルー・ダイアモンドに関する事で、何か掴まれた事があるんならちゃんと言うて欲しいです。あれはブルンガの宝というだけやなく、これ以上民族間の紛争を起こさせん為の物でもありますねん」

「ブルーダイアは王位継承の証ということか。つまり君たちは、ブルンガが再び王制に戻る可能性を無くしたいんだね」

「クマ王朝の復活を望む連中が、あれを手にすれば、また内戦が起こります。私の妻も内戦で殺されました。残念な事にアメリカや私の大好きな日本は、クマ族やハミの王党派と内通し、モカンゼをこの島に匿っていました」

「だからといって、教授を殺し日本国内にまで入って、関係者二人を殺すのは良くないね」

 山部はルカ・ベンが、殺害にどの程度関与しているのかを探ってみた。

「仕方無かったんです。友久教授はモカンゼと行動を共にしてたもんですから」

 ルカ・ベンはあっさりと関与を認めた。

「この島では子供を含む十数人が行方不明という情報もあるが、それも仕方なかったか? 

ビヤホールにいたのも風俗店の若者も、君の仲間なんだろう。彼らが暗殺者なのか?」

「CIAが支援するクマ族民兵による暗殺もあるんですよ。山部さんには、その辺りの事情がお分かりやない。それより、ブルー・ダイアモンドで分かった事を言うて下さい。私は山部さん達を殺しとうないんです」

 ルカ・ベンは嘆願するような素振りを見せた。

「山部さんと私は少し前に教授のファイルを見て、ダイアの事を初めて知っただけです。教授も行方についてはご存知なかったはず。ほらこんな風に書かれています」

 そう言いながら桧坂がパソコンに近づき、ファイルを警視庁へと転送を図った。同時に先程差し替えたばかりの白いUSBをそっと引き抜き、ポケットに仕舞った。

「おっと桧坂さん、私が調べるまでファイルはそのままにしといて下さい」

 真顔になったルカ・ベンが慌ててパソコンを強制停止させた。

「あああ、強制終了すると、データーが復元できないように設定してありますよ」

 桧坂が微笑んだのを見て、大した度胸だなと山部は思った。

「大丈夫。USBも持ってはるでしょ。それをこっちで預かります」

 ルカ・ベンは桧坂のスカートのポケットに手を入れ探った。

「ちょっと、何するんですか」

桧坂がもがくと、色とりどりのUSBが10数個、バラバラと出て床に落ちた。その中にはオレンジの物も混ざっている。

「どれがデーターを記録したものですか?」

 ルカ・ベンが銃口を桧坂に向けながら、床に落ちたUSBに一つ一つ指差して探りを入れる。青いUSB、ピンクのUSB、赤いUSB,そしてオレンジのUSB。だが桧坂はまったく反応を示さない。ここまで感情を押し殺せるのは大したものだが、おそらくこの角度だと視野狭窄のある彼女には見えていないのだと山部は思った。

 ルカ・ベンはニヤリと笑って、最後に白いUSBを拾い上げた。

「これがそうですね?」

「さあ、どれだか私にも……」

 その瞬間、ルカ・ベンのビンタが桧坂に飛んだ。

「この状況でフザケてもろたら困りますね」

 ルカ・ベンが鬼の形相になっていた。

「止めたまえ! 昨日島に入ったばかりの我々が、ダイアに関してずっと追いかけていた君達より詳しいわけがないだろう」

 山部が叫んだ。

「我々の目的は友久教授に関する本当の死因を調べる事。それは表向き事故となっている以上、覆る事はない。後は外務省と君達の本国の間で交渉してくれればいい。我々は明日引き上げる予定だったが、今すぐこの地を去ることにするよ」

「ところがね、山部さん達にはしばらくこの島に留まってもらう事になりそうなんですわ」

 ルカ・ベンが無表情でそう言った。

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