第31話 ブルンガ諜報機関 【10月16日】

「これは、私達が踏み込んでも良い事件なのでしょうか?」

 同じファイルを読んでいた桧坂が呟いた。

 もし友久教授が記述したこの文章が事実で、しかもその推測が当たっていたとしたなら、一人の大学教授の(おそらくは殺人)事件は、国家間をまたぐ陰謀ということになる。退任した警察官と、採用されて間がない巡査部長が追う事件ではない。

 でも、まあ良い。どうせ我々の任務は明日で終わる。秘密ファイルが入ったUSBと撮り貯めた写真で報告書をまとめ、責任者である森倉警視監に渡せば、お役御免となるだろう。  

 山部はそう考えた。

 だが、桧坂のスマホにかかってきた河野からの電話によって、山部は自身の甘さを教えられることになった。

「すみません。先程からおやっさんの電話が繋がり辛くなったのでこちらに電話を……」

 電話がそこで切れた。

「桧坂君、これはどう操作するの?」

「おかしいですね。ちょっとお待ち下さい」

 しばらくスマホをいじっていた桧坂の顔色が変わった。彼女はメモ用紙を取り出すと、

(山部さんに近寄ると圏外になるようです。心当たりはありませんか?)と書いて見せ、昨日ホテルに入った時に使った簡易式の盗聴盗撮発見器を取り出して山部に向けた。

 発見機はプゥオーン、プゥオーン、というハウリングを発し、それが山部のズボンのポケットに近づくと大きくなった。

 その中にはルカ・ベンが渡したページャが入っていた。スィッチはオフになっているが音は鳴り続けている。試しに山部がページャの電池を取り外すと、ようやく静かになった。

「山部さん、それは?」

「昨日、別れ際にルカ・ベンが渡してくれたものだよ。ルカ・ベンがいない時に危険な状態になれば、すぐに連絡してくれるようにと言ってね。だが、先程まではこれを持っていても電話は普通に使えたんだが、おかしいね……」

「ルカ・ベンが私達を監視していたという事でしょうか?」

「彼の信用度については何とも言えないが、ルカ・ベンが真摯に我々の側に立っているとは、考えない方がいいだろうね。このページャは、この島で暮らすブルンガ人の役人が連絡用に使っているものだそうだが、我々の話を盗み聞きするとなると、日本語の分かる人間じゃないとだめだろう?」

「だとすれば、この島にいるブルンガ人では、ルカさん以上の適任者はいないでしょうね」

「彼がいつもタイミングよく現れたのも、逆に河野と電話をしている時には都合よく消えてくれたのも、それから眠そうにアクビをしていたのも常に我々を監視していたせいか。そりゃあ、疲れるはずだ」

 山部はそう言いながら、改めて自分の電話で河野に連絡を取ると、今度は難なく通じた。しかし河野からの第一声は、

「おやっさん、危険ですからすぐに島を離れて下さい! 現在、神奈川県警の『あしがら』が救難の為、そちらに向かっています」

 という尋常では無いものだった。

「どういう事だ? 何が分かった?」

「警視庁内で尋問していたブルンガ人が吐いたんですよ。友久教授の殺害(!)にはBDGSE(Burunga Direction Générale de la Sécurité Extérieure)要するにブルンガの諜報機関が絡んでいるようです。この組織は、本国でクマ族の虐殺を遂行した疑いがあって、国連の人権委員会でも取り上げられてます。やつらは友久教授が、クマ族の王家に伝わるダイアを預かったと見ていて、一連の殺人はそれを取り戻す為のものだったと言うんです」

「もしかすると、ブルー・ダイアモンドか……」

「よくそれをご存知で」「知ってはりましたか」

 河野の電話からの声と、部屋のドア越しの声がダブった。直後、ドアが開かれ。そこに合鍵を手にしたルカ・ベンがブルンガナイフを構えた警察官二人を伴って立っていた。

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