第30話 友久教授の秘密ファイル3 【10月16日】
『クマ族を中心に設立された共和国政府軍や、それに協力する中国・国家安全部、FSB(ロシア連邦保安庁)だけでなく、彼らより先にモカンゼを保護しようと動いたであろうCIAやDGSE (フランスの情報機関)等の努力も虚しく、モカンゼとその家族の行方は、東南部にある国境近くの村・ガセンリで目撃されたのを最後に、ぷっつりと途絶えてしまったようだ。私はブルンガ情報に詳しい学会の友人との懇談会や、インターネットを駆使して現地で発行される新聞を片っ端から読んでみたが、モカンゼの名前はおろか、行方不明の王族に関する新たな記述は見当たらなかった』
「ここからは文字のフォントが大きくなっています」
『ところが、昨年日本政府が推し進める新経済圏計画のテストケースとして作られた、この浮島にブルンガ人の文化に詳しい者として招待され、吉浦電気の工場を視察させてもらった時、そのモカンゼを発見したのだ』
「これはまた大変な再会だな」
山部は思わず唸った。
『モカンゼは私を見て動揺し、彼の立場を知る私もまた戸惑ったが、彼は工場の休憩時間に社員食堂でコーヒーを飲んでいた私もとにやって来て、テーブルの対面にさりげなく座り「Ça fait longtemps Monsieur Tomohisa(お久しぶりです友久さん)」と微笑んでくれた。最初はぎこちなかったものの少し話すうち、お互いに落ち着き、私が知りたかったモカンゼの一家が動乱の後どうなったのかを語ってくれた。彼の話によれば、モカンゼの家族と、王家に忠誠を誓う准将ら少数の兵達は、国内が危険になった事で、DGSEとプロの傭兵集団の力を借りて国からの脱出に成功し、フランスに渡ったのだそうだ』
山部の頭の中に「愛する娘をどうやって守ろう。そうだ呪術師に頼んで娘を隠してもらおう。大事なものは隠せばいい」と歌う『ケセラセラ』の楽曲が鳴り響いた。
「モカンゼにとっての呪術師とは、あの人物のことではないのか……」
山部の呟きで桧坂が頷いた。おそらく彼女も同じことを思ったのだろう。
記述は続く……。
『その彼が今何故、このトウキョウ島(ブルンガ人が使うこの島の名称)に一人でいるのかについては多くを語らなかったが、現在の心境は少し明かしてくれた。奥さんが亡くなり、娘さんとも離れて暮らさなければならないのが辛いそうだ。しかし、仲間と共に吉浦電気の工場で働く事には生きがいを感じているようだった』
(省略)
『ここからは私の推測に過ぎないが、日本政府が何故島の貸出国にブルンガを選んだのか、それはブルンガ本国における、権益の失墜と関係しているのではないだろうか。モカンゼと、どこかで生きているであろうその娘こそ、アメリカや日本、フランスにとって失地を取り戻す重要なキーマンなのではないだろうか?』
(省略)(省略)(省略)
『最近、私の部屋に人が立ち寄ったような気配を感じる。ブルンガ島にはギャングがいるが、そういう連中が金目当てで入った場合は乱雑に金目の物を家探しするので、そういうものとは考えにくい。なんと表現すればよいか分からないが、部屋に漂う空気が違うといった微妙な違和感があるのだ。あるいは食事から帰ると何か配置が違っている気もする。考え過ぎかもしれないが、これはプロの仕事ではないか? もしも私が知らぬ間に大勢の人間が、ここに入り込んで部屋の中を探っていたとしたら恐ろしいことだ。そういえば、悦子も気になる事を言っていた。能見台の家の周辺が常に見張られている気がするというのだ。私は前の亭主が寄りを戻そうとしているのだと思い、警察に連絡するようにとは言ったが、もしかしたら悦子の周りをうろついているのは、私の部屋に侵入して何かを物色していた者達かもしれない』
(省略)(省略)
『10月4日、モカンゼが殺された。おそらく連中はモカンゼが旧王族の第七王子であると感づいたのだろう。元近衛准将を名乗るハミ族の(王家はクマ族なので、これは珍しいことだ)年寄りから、私の身に危険が迫っているから島を出るようにと警告があった。私がモカンゼと親しくしていたので、連中は私を工作員と見ているという。私に危機を知らせてくれたあなたは大丈夫なのかと問うと、彼は笑いながら、近衛隊は式典用の儀仗兵を別にすれば、アサシンの様な存在だったから、共和主義者は誰も自分の正体を知らないのだと笑った』
この後の記述はなかった。
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