第29話 友久教授の秘密ファイル2 【10月16日】

 次に見つけた〈クマ王国の崩壊とブルンガ島の関係についての考察〉と書かれた項目は、ブルンガ国に対する知識が乏しかった山部にとって新鮮でありがたかった。だが読み進むうちに、この記述が驚くべき内容を含んでいる事に気がついた。


『クマ王の統治するブルンガ王国(クマ王国というのはハミ族が使う呼称)はアフリカの年と呼ばれた1960年にカメルーンやマリ等と共に独立を果たした』

(省略)

『独立時には指導者が多数いたが、中でもクマ族の首長であったアズーラ・ピラトはハミや、トゥーラ等、この地域の人々に広く慕われ、ユーゴにおけるチトーの様な存在となり、初代大統領に選ばれた。しかし側近に担がれて王国を宣言してからはクマ以外の民族の離反を招き、1972年に暗殺された』

(省略)

『息子であるベクラ・ピラトは王権を強固にする為、自分達は7世紀に栄えた古代ブルンガ王国と繋がりのある一族であると喧伝させ、歴史学者に依頼して周辺国の伝承を都合よく解釈させた物語を創作した。そしてそれを学校で教えさせた。彼がそのような事をしたのは、民族を束ね一つの民族に作り上げる為と言われている。「およそ地球上の民族は全て、最初からそこに存在していたのではない。それは侵略と略奪、殺戮とレイプの末にできたのだ。だが私はその様な残虐な統合を望まない。それゆえ教育せよ。異論を禁じよ。私以外に王は無く他に統治者もいない。ブルンガこそがこの世で最も幸福な国と思わせよ。さすれば百年の後にはハミもクマもトゥーラも無く、ブルンガの民だけがそこに存在しているであろう」彼はそう命じ、権威付けを図った。これはある意味で理にかなっている。選択の自由を奪われた人々は認知的不協和から生じる不満を解消する為、自らベクラを良き指導者と思い込んでしまうからだ』

(省略)

『だがベクラはやり過ぎた。作り上げたファンタジーをリアルなものにする為に、考古学者を雇い遺跡を発掘。豊富な天然資源の輸出によって得た国家予算を使い、1400年前の町並みを、想像を交えて再現した。要するに昔の井戸が一つ見つかっただけでも、そこに古代交易都市が存在していたかのように装ったのだ。このようにして、本来であれば国民に分け与えられるべき富が権威付けの為に使われ、一般国民が許可なく立ち入ることもできない遺跡都市が数多く作られたことが反発を招いたようだ』

(省略)

『さらに問題が大きかったのは、それらの遺跡発掘が他の民族の畑や住居、生活道路があった地域にも及び、そこに住む人々が強制移転させられたことだ。これに怒り抗議活動をした住民を暴徒として武力鎮圧した事で、国内は内戦状態になった』

(省略)

『元々ブルンガの地下資源開発はアメリカのメジャーや日本の商社、フランスの国営会社が中心になって行われていた。人権に厳しいアメリカも、資源を売ってF16やA1戦車を買うブルンガには何も言わなかったのだ。だが1992年にベクラが処刑され、王制が廃止された後は、西側諸国は撤退を余儀なくされた。何故ならハミ族を中心とした反乱軍を支援していたのはロシアや中国であった事で、新生ブルンガ共和国の中枢にこれらの国が人間が入り込んだ為だ。なお撤退による損失は、アメリカが4兆円程、日本とフランスが2兆円程度とみられている。この試算は、フランスの経済誌の……』

(省略)

『勿論、アメリカや日本及び旧宗主国のフランスが、内戦後のそのような状況を傍観していた訳ではない。CIAはもう一度クマ王国の再建を目指して、ピラトの血族を亡命させようと画策したものの、確認されている血族は全て殺害されてしまった後だった。ところが後に発見された王位継承権記載帳によって、ベクラにはもう一人隠し子がいた事が判明した。それはなんと、2010年に私がブルンガ本国で研究していた頃、ホームステイさせてもらっていた家の主人・モカンゼだったのだ』


 この文章には一枚の写真が貼り付けてあった。そこには友久教授とモカンゼと呼ばれる精悍な顔つきのアフリカ人。その奥さんとみられる女性。それに片目に眼帯を付けた4,5歳位の少女が写っていた。(2010年6月・撮影) 


『私と同じようにブルンガ人の文化や習慣を研究している人物から得た情報ではモカンゼは第七王子に当たるそうで、継承順位も下である事から本来であれば、少し裕福な一般人として一生を終えるはずの人間だった。だが、ピラトの血族が根絶やしにされる中、王党派の准将の手引で(この男はクマではなくハミ族だが、元フランス軍・外人部隊経験者だという)妻子と共に町を脱出し地方都市に身を隠したらしい。しかもその際、正当なる王位継承者を表す《ブルンガの涙》と呼ばれる、20カラットのブルー・ダイアモンドを持って逃げたというのだ。この《ブルンガの涙》はこの国の秘宝で、公開されたことはないが、伝えられる話では、透明度が高く傷も無い丸みを帯びた極めて良質のダイアモンドラフらしい』


「俺はよく分からんが、20カラットのブルー・ダイアモンドってどの位の値打ちがあるんだ?」

「ラフは原石という意味で質にもよりますが、透明度が高く丸みを帯びたブルー・ダイアモンドならば特に高価で、20カラットともなると数十億円してもおかしくありません」

「王家の生き残りが国宝級の宝を持って逃げている。それを現政府が追っているという、構図なのか?」

「この先にそれに関する記述があります」

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