第28話 友久教授の秘密ファイル1 【10月16日】

 ホテルに帰って、間宮の作ってくれた肉じゃが定食を食べた山部達は、この日の夜に予定していたスナック・ブルンガでの聞き込みを中止した。

「日浦がいないのなら、行ったところでたいして情報は集まらないだろう」

 というのが山部の考えだったが桧坂は、

「そうですか。私はむしろそれなら行ってもいいかなという気がしますが」と残念がった。

山部は桧坂の提案を却下し、その代わりこれまでに分かった事実を部屋で分析してみる事にした。


 友久教授のパソコンから見つかった、鍵のかかったファイルは『三浦悦子』というキーワードを元にして、山部が思い浮かんだ『えつこ愛』『えつこLOVE』等、片っ端から打ち込む事で幾つかのファイルを開くことが出来た。

 その中年男性にしか思いつかないような内容に桧坂がしきりに感心していたが、出てきたファイルの多くは、三浦悦子を撮った写真集で、教授がいかに悦子を愛していたかが伺える。

 三浦悦子が教授を金づるとしか考えていなかったと分かった今では、少し気の毒に思えたが、中には見ている山部達が思わず赤面してしまう程、露骨に二人の性生活を切り取った写真もある事から、気の毒に思えた気持も半減した。

「友久教授は奥さんに踏まれるのが好きだったんですね」

 桧坂が、真っ赤になりながら感想を述べた写真は、三浦悦子と思われる裸の女性が教授の股間部を踏みつけているところを、教授目線で下から写したものだった。

 他にも、これは悦子の自撮り写真で、四つん這いの教授の背中を椅子にしてリンゴを食べている写真もあった。

「教授のプライベートに関するものは、詮索するのをやめようか」

 あまり収穫はないかと諦めかけた矢先、文章ファイルで重要そうなものが見つかった。


 例えば、〈ブルンガ島の経済にする考察〉と書かれた項目。

 それを桧坂が読み上げた。

「前から不思議に思っていたことがある。これだけの巨大なプロジェクトが、本当にブルンガ国の安い給与水準を利用した工業品製造の為だけのものだろうか」

友久教授は文化人類学者で経済学は素人だが、現在のブルンガと日本の関わりという点には興味を持っていたのかもしれない。

「調べてみるとこの浮島を製造するのに日本政府は7000億円といった巨費を投じている。それをブルンガ国に50年という期限を設けて貸出しているのだ。その後は解体する(その処理にも2000億程かかるだろう)ことを考えるとゼロ金利、解体費無視としても年間、140億円程度のリース料を取らないと税金の無駄遣いになるはずだ。ブルンガ政府の方は、これだけのリース料とメンテナンス費用を支払ってもなお利益が出るのだろうか」

 記述はまだ続く。

「確かにこの島には8000人のブルンガ人がいて、そのうち約5000人が吉浦電気の工場や関連施設で働き、国で働くより倍以上の給与を得ている。また地下にある桑山造船の波力発電施設では自国の給与水準の4倍という賃金で1000人程のブルンガ人が働いていると聞いた。しかしそうした従業員や商業従事者が収める税金は……」

「長いな。桧坂君、はしょろう」

「桑山造船の地下管理棟にいる高本氏に聞いた処、島の波力発電能力は約88万kwということだった。波の上下運動を利用した、波力発電は太陽光や風力と違い、24時間発電することができる。国の波力発電からの電気買取価格が1kw20円となっているので計算すると、約1500億円余りという……」

(省略)

「問題は日本だ。勿論、製造時の雇用による景気浮揚策や、海外資金援助等の理由づけもできるだろうが。ブルンガ島から上がる利益の殆どが給与差によるものではなく、波力発電から出るものだとすれば、わざわざ他国に島を貸すメリットは薄い。どちらかと言えば移民政策には後ろ向きの日本が、何故こんな政策を遂行したのだろうか」

「そう言えばそうだな。主要な利益が波力発電から出るなら外国を巻き込む必要はない。それに契約国だって、日本から遠いブルンガでなくても東南アジア諸国、例えばラオスやカンボジアと契約しても良かったはずだ」

「もしかしたら教授は、こういった政治的な事情に興味を持った事で、様々な利権を持った人々から煙たがられたのではないでしょうか」

「だとすると、容疑者が増えるかもしれんな」

 山部が頭をかいた。


 鍵の掛かった文章ファイルは他にも幾つかあり、中には三浦悦子が他の男性と付き会っているのではないかという嫉妬めいた記述もあったが、大半はブルンガ国に置ける二つの民族についての真面目な考察だった。

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