第25話 地下・波力発電所 【10月16日】

「お話は富永さんを通して伺っております。亡くなられた教授について調べられておられる、保険調査員の山部さんですね」

 呼び出しベルによって出て来た、関取の様な巨漢が、そう言いながら名刺の交換を促した。おそらくこの男も事前に山部の正体を知らされているのだろう。それなのに周りに人がいないこんな場所でも民間の調査員を装わなければならないとは面倒な話だ。

 渡された名刺には『桑山造船・ブルンガ島支社事業部長・高本洋介』とある。山部の様に身分を偽ってはいないと思われた。

「どうぞ中にお入り下さい」

 高本は山部とルカを管理棟の中の応接室に招き入れた。応接室の中はそれが地下とは感じさせぬ明るさで、幾つかのモニターには外の景色が映し出され、まるで地上であるかのような錯覚を覚えさせた。

 他の壁には高本の趣味なのか、巨大なクロダイやスズキ、ブリ等の魚拓が貼られている。

 山部は魚拓の方が興味があったが、そこは抑えて本題に入った。

「それにしても驚きました。この島が、これほど巨大な物だったとは」

「実は島が出来てからブルンガに貸し出されるまでの一年間、表層部や地下にある逆浸透膜方式で海水を淡水化する装置を世界各国の視察団や国内の小中高校に公開して来たんですが、皆さん口を揃えてそうおっしゃってました。その一方、地下施設でも大部分を占める、波力発電所に関しては、国内の関係者にしかお見せしてないんですよ」

 高本は笑顔でそう言った。いかついが物腰は柔らかい。

 これは色々と事件に関する事を聞き出せるかもしれないと思った山部だったが「波力発電所は初めて見ました。風力発電所ならよく見かけますが」という不用意な一言が、高本の長いセールストークを招いてしまった。

「これは個人としての意見ですが、私は全ての発電施設の中で波力発電が一番だと思っています。例えば原子力発電は確かに単年度では最も安くエネルギーの生産ができるんですが、ご存知のようにその廃棄物は数万年間の貯蔵を必要とします。言うなれば親の作った借金を子々孫々、延々と払い続けなくてはならないという事です。しかも一度、事故を起こせば人がすめなくなり、豊かな土地が、耕作放棄地になります。また風力発電は、これも個人的意見ですが、あまり環境には優しくないと思っています。ある研究結果では全世界の風力発電のブレードによって、年間数十万羽の鳥が死んでいるそうです。その点、ここの振動水中型発電装置はプロペラがないので、魚類を巻き込む事もありません。ソーラー発電も良いでしょうが、陸上の広大な面積を必要とする為、畑にできる土地、草木が生えうる土地の上にソーラーパネルが乗っかり、砂漠のような状態になります。あれは都会の家屋の屋根やビルの壁面、あるいは道路を覆う屋根として活用すべきものでしょう。その点、四方を海に囲まれている日本にとっては波力発電こそが最高の発電施設だと思うんですけどね」

 高岡は一気に自説を論じた。

 勿論、彼の立場からすればそうだろうが、他の発電方法にもメリットが有るし波力発電にもデメリットが有る。例えば原子力発電が批判を受けつつも存続しているのは、やはり安定供給を図れる事とCO2の排出が防げる事だろう。山部も確かに万が一を想定した時危険だとは思うが、そのあたりは国民が選んだ政治家の判断に委ねるしか無い。

 風力発電は人類が最も早く採用した装置で太古の昔から粉挽き等に活用されてきた技術で比較的環境にもやさしい。ヨーロッパでは広く活用されている。また太陽光発電は小規模から大規模に至るまで国民が比較的容易に参入できるシステムだ。これもCO2を出さない。高岡は広い面積を覆う事で草木が育たないと言っていたが、パネルが設置されている場所は元々遊休地で耕作されていない土地だ。パネルの撤去や移動も他のシステムに比べれば容易なのでメリットは大きいだろう。

 対して波力発電のデメリットを高岡は語らなかったが、少し考えただけでも巨額の投資費用、船舶往来の障害、漁業における影響等がある。しかし、それらをここで議論する必要もない。

「なるほど勉強になりました」

 山部は高本の気持ちを害さぬよう、真剣な顔で、そのセールストークを最後まで聞き終えた。ルカ・ベンの方は、日本人同士の会話には興味が無いのか、眠ったようにして音楽プレイヤーを聞いている。

「ところで、少しこの施設とブルンガとの関係についてもお聞きしたいんですが、よろしいでしょうか?」

「はい、なんなりとお聞きください。ただし、私が分かる範囲でのことですが」

 高本が愛想よく言った。

 この島に調査に入って不思議に思ったのは長老・ロラン・チャタの家に行った時以外はやけに簡単に話を聞けるということだ。いかに事前に根回しがされていたとしても、会いたいという人の元に行けばすぐに会え、聞きたいと思うことはすぐに聞けるというのは出来すぎだ。

 警視庁時代、山部は殺人等の重要事件をいくつも扱ってきたが、その経験から言うと、捜査があまりにもスムーズに進む時は気を付けなければならない。それは何らかの隠し事があるという証の様なものだからだ。

「ブルンガの人が働いているのは上の工場だけだと思っていましたが、この施設でも働いているんですね」

「ええ、こちらでも働いてもらっています。電力の自由化で桑山造船も、ブルンガ島で発電した電気を、各電力会社に売ってるんですが、波力発電の保守点検、特に振動水中型の発電装置は複雑で人手がかかります。そこでブルンガの人を1000人程雇っているのですよ」

「この場所に1000人も働いてるんですか。そりゃすごい!」

「ところで、ブルンガ島が意外と横浜の本牧埠頭に近いと思いませんでしたか? これは海中ケーブルを通して、関内にある変電所に電気を送っている際の送電ロスを、最小限に抑える為なんですよ」 

「確かにブルンガ島はずいぶん近くに浮かんでるなと思っていました。工場で作られた、荷物の運び降ろしを敏速にする為かと考えていましたが、送電線の関係でしたか。ちなみに、地下の発電所部分は日本の領土扱いなんですか?」

「いえいえ、ここもブルンガ共和国ですよ。でないと、ブルンガ人の保守点検係も日本の給与水準で支払わなければなりません。この島は日本政府が50年の賃貸し契約をブルンガと結んでいるんです」

 要するに日本はブルンガ政府に島を貸し出し、ブルンガ政府は発電した電気と、ノックダウン方式で作られた工業製品を日本に売ることで賃料を払って、お互いに潤うという仕組みらしい。

 島が接岸せず二キロ離れて浮いているのは、波力発電を行うのに必要な波の高さの他に、不法移民を防ぐ目的もあるのだろう。

「これだけの規模の島を作り、また維持していくには相当な費用が必要なんでしょうね」 

「製造には約7000億、維持管理に300億/年というところですかね。東京アクアラインの総事業費と比べると半分程度ですが、やはり多額の建造費が使われています。ただ7000億というのはあくまで箱の値段であって、吉浦電気さんは工場の建設に1000億。ウチも波力発電装置の建造に2000億使っています。しかし、この島の発電能力は約88万kwもあるんです。これが一年を通じ24時間稼働しますから、ペイできるようになってるんですよ」

 高本はまる暗記した教科書の記述を述べるように答えた。おそらく来訪者に何度も同じ説明を繰り返しているのだろう。

「波力発電の有用性はよく分かりましたが、発電装置が海中にあるとなると、故障した場合はどうなるんですか? 故障とまではいかなくともフジツボがビッシリ付いたりして効率が悪くなることは無いんですか?」

「通常船底に付着する海洋生物の対策には水和分解型、もしくは加水分解型の塗料を塗ります。しかしこの波力発電施設ではセルと呼ばれる区分けされた装置ごとにF1ドライバーのバイザーの様な多層フィルムが貼られており、点検のために潜った潜水要員が汚れの酷い箇所のフィルムを剥がして清掃しています。部品に不具合が生じた場合は引き上げて修理しています。装置を引き上げる時には、セルの中の気圧が海中と同じになって海水が侵入しないようにします。ちょうどお風呂の底に空気を入れた洗面器を鎮めるようなものです。さらに大規模な修理が必要といった場合では、十年に一度、島自体がドックに入った時に新しいものと交換します」

「なんと、この島自体が入れる程のドックが造られているんですか?」

「ええ、このブルンガ島はいわばテストケースで、政府はこれと同じものを今後は各地に作って浮かべるつもりです。例えば超高齢化社会に突入した日本では今後、老人介護が大変な問題になってきます。ですが無制限に国内に外国人は入れたくない。老人の方も外国のケアハウスにまで行きたくない。ですがこういった島があれば解決します。それだけじゃない。日本が部品の技術を持っていても、製品化して売る競争力を失った産業があるとすると、それぞれの国にその国のブランドを育て他の国の一企業が覇権を握るのを防げます。そういう目的で造られたそれぞれの島の地下に我が社の波力発電装置を組み入れてもらうのです」

「なるほど。それは通産省が進めているのですか?」

「あ、いえ今言った事はみんな人から聞いた話で、確かなものかどうかは……」

 高本は少し喋りすぎたと感じたのか急にトーンダウンした。

「ま、お茶でもどうぞ」

 高本がポットに入れた熱い緑茶とお菓子を勧めてくれた。

 ルカ・ベンも待ってましたとばかりに起き上がったところで、山部は話を別の方向に振った。

「あの魚拓なんですが、あれは高本さんが釣り上げられたものなんですか?」

 お茶を頂きながら山部は、管理棟に入って、一番聞きたかった事を聞いた。

「そうなんですよ。僕は釣りが趣味で」

「やはり、吉浦電気横のデッキで?」

 しかし、高本の答えは意外なものだった。

「いやあ、この近くにある点検口ですよ」

 そう言いながら、高本はモニターの一つを切り替え、リアルタイム映像で点検口を写し出した。それは例えて言うならガラスを取り去ったグラスボートの様でもあり、氷を四角く切り取ったワカサギ釣りの穴の様でもあった。ただ大きさは十メートル四方はあろうか。

 そこに何人ものブルンガ人が短い竿を出していた。

「点検口は波力発電施設のすぐ隣にあって、ウチの管理下にあります。喫水線ギリギリの所に開いていますので、位置的には海面下に沈んでいるこの場所より上になります。いわば自然の海上釣堀みたいな物でしてね。ウチの従業員は日本人もブルンガ人も休憩時間になると、ああして釣りを楽しんでます。時間があれば山部さんもどうぞ」

 山部は、これが以前ルカ・ベンの言っていた秘密の釣り場なのかと思った。ルカを見るとニヤニヤしているので、間違いないようだ。

 こんな職場で、警備の仕事でもあれば転職を考えてもいいなと山部はふと思った。


「ところで、本題に戻りますが、友久教授はここを訪れられたことはありますか?」

「それほど頻繁には来られませんでしたが、ブルンガ国と日本の関係についての研究論文を書かれる為何度か来られた事があります。先程、山部さんが質問された経済性について詳しく聞かれたましたよ」

「教授は専門が文化人類学なのに経済についても感心を持たれていたんですか」

「私も教授が経済面にお詳しいので驚いた事があるんですが、対象とする民族の文化には地政学的、経済学的ファクターを追求するのも重要な事なんだと言っておられました」

「なるほど。それからもう一つお聞きしたいことがあるんですが……」

 山部は、ルカがトイレに入った時を見計らって、彼が自由に出入りできるというセキュリティ上の問題点を尋ねた。高岡の答えは、

「彼はこの上の学校の先生ですから」という、肩透かしを食らうようなものだった。

「他にも幹部従業員、吉浦電気管理人の富永さん、治安維持部隊の隊員等数名がこの場所に入る鍵を持っています。狭い島のことですから顔見知りが多いんです」

 という説明をした。この島における人間関係はまだ良くわからないが、ルカ・ベンという人間はここでは結構重要人物なのだとは想像できた。

「そろそろ、ホテルに戻ってお茶にでもしませんか」

 戻ってきたルカ・ベンが、少し眠たそうな表情でそう言った。

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