第22話 トウキョウ・初等・中等科学校 【10月16日】

 午後からは、少し書類を整理したいという桧坂と分かれ、山部はルカと共に、彼が教鞭を取るという学校に向かった。

 目的は二つの民族の関係を探る為だった。山部には町中を歩いただけでも、クマとハミの間に微妙な確執があるように思えたのだが、学校で学ぶ子供達を観察すればもっとはっきり分かるかもしれないという思いがあった。

 もし東京の間近で、民族紛争が起これば厄介な事になるだろう。要するにこれもまた森倉の依頼に沿った視察だった。


『トウキョウ・初等・中等科学校』は、長老の家から少し東に向かった場所にあって同じ敷地内に二つの教会が併設されていた。人工の浮き島なのに小高い丘になっている。

「自然な感じを出すために少し土が多く盛られていると高本さんから聞きました」

と、ルカ・ベンは説明した。

「高本さんとは?」

「この島を作った桑山造船の人ですわ。島に常駐して保守点検をしてはるそうです」

「その人とも会えないかね」

「そんなら、後で行ってみましょう」

 ルカ・ベンのネットワークもNGOの日浦に劣らず、なかなか大したものだった。


 学校は教会と違って、二つの民族の子供達が仲良く学んでいるようだった。

 しかし、門の横には警察官の詰め所があった事から、ここでも桧坂の言う、フランス型の警備体制が取られているようだ。

 校庭では、サッカーの練習試合が行われており、ルカ・ベンによれば対戦する二つのチームは偶数月生まれと奇数月生まれに分けられているらしい。要するに民族の融和策というやつだろう。

 夢中になってサッカーを楽しんでいた子供達がルカを見つけて「ムワリーン!」と手を振った。島の人口比からみればクマ族の子が半数以上を占めるだろうに、ハミ族のルカ・ベン先生はどの子からも慕われているようだった。

 こうした様子を観る限り、ギャングを除けば、両民族間の確執など無いように思えた。しかし、校舎に入って音楽の授業を観た途端、山部の目に異様な光景が飛び込んできた。

 歌の授業なのにクラスの生徒の半数以上が口を固く結んだまま歌わないのだ。

「あの子達は?」

「クマの子供です。この歌はハミに伝わる伝統的な民謡やから彼らは歌わへんのです」

「先生は無理に歌わせたりしないんだね」

「しまへん。以前クマがブルンガを支配してた時、学校ではクマの伝統的な曲を歌わしてました。その頃は逆にハミの子供らが声を出さんと口パクして合わせてたんですわ。当時のクマの先生は、そういう子を見つけたら、ムチで叩いとったんです」

「つまりハミの人はそんなことはしないと?」

「そうです。ハミの指導者・ブタカは、民に無理に従わせても日本語でいう『面従腹背』を招くだけやと言いました。政治家や指導者は、それがハミであろうとクマであろうと、誰でもが愛して止まないブルンガを作るんが仕事やから、自分の不完全な仕事を梁に上げて、国民を無理に従わせようとするんは独裁者のする事やとも言うてます」

 ハミ出身のルカ・ベンは少し誇らしげに言った。

 とはいえ、まだ小さい子供がこんなふうに互いの文化を忌み嫌っていては、ブルンガの将来も大変だなと山部は思わずにはいられなかった。

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