第20話 三浦悦子 【10月16日】
「現場の写真を送って頂き、ありがとうございました。日浦さんは南湾岸病院に搬送されたようなので、これからちょっと行って来ようと思います。それから昨日送って頂いた友久教授には金沢区に奥さんがいるらしいという情報ですが、大学の同僚の教授にあたった処、ウラがとれました。奥さんといっても内縁の妻で、三浦悦子という人が能見台に住んでいたそうなんですが……」
山部の脳裏に電撃が走った。
能見台……。
確か聞き覚えがある。初めてこの件で警視庁内の『喫茶琢磨』に呼び出された時、神奈川県警の刑事部長と外務省の人間がいたことで、山部はここ数日起きた神奈川県内の事件事故のうち、本牧で上がった水死体の方で呼ばれたのだと推測したのだが、もう一つ県内で起きていた事件が……、
「おい、もしかして能見台・ストーカー殺人事件の被害者が彼女だったんじゃないか?」
「そのとおりです!」
となると、友久教授が水死体で見つかった同じ週に、その内縁の妻も殺されていたことになる。これを偶然とは考えにくい。
「神奈川県警に問い合わせたところ、悦子さんは殺されるしばらく前から何者かに監視されていると警察に訴えていたそうで、地元の交番は彼女の自宅周辺のパトロールを強化するとともにストーカー対策を教えていたそうです」
「で、結局彼女を守れなかったと」
「残念ながら。具体的にメールが来るとか、郵便受けに気味の悪いプレゼントが届くとかいうこともなく、単に彼女が何者かに見張られている気がすると訴えていただけらしく、動けなかったのでしょう」
「で、目星は? ストーカーなら大抵元恋人か元夫というケースが多いだろうに」
「神奈川県警では彼女に離婚歴があることで元夫の三浦義之が怪しいとみて、住民票をあたりましたが、期間工をしていた会社は既に辞めていたようで寮にはおらず、転居先が何処なのかを調べています。もしかしたら義之が悦子さんと友久教授の双方を殺したという線も出て来ますね」
「友久教授が妻を殺して自殺を図ったということもあるんじゃないか?」
「それも考えたそうですが、妻が殺された時には友久教授はブルンガ島から出ていません。もちろん小型船舶を利用して移動したことも考えられますが密航を防ぐ為、島は常に監視されているので、貨客船を使わない渡航は不可能だそうです。結果、元夫の義之が容疑者になっています」
「だったら、そいつがブルンガにいる友久教授を殺すことも不可能じゃないのか? もっとも島の人間による委託殺人であれば可能だが」
「その線も当たってみます。この事件は、もしかすると案外単純な嫉妬による殺人なのかもしれませんね」
河野はそう言って電話を切った。
そうかもしれない。だが山部の勘では、何故か別の線がある様な気がしてならなかった。
「今のは河野さんですか?」
桧坂も電話の内容が気になるようだった。山部は頷きながら、
「日浦さんが運ばれた病院に向かうそうだよ。それと君も知っていると思うが、例の能見台ストーカー殺人事件。その被害者は友久教授の奥さんだったらしい。同じ時期に夫婦が亡くなった事で元夫が疑われているようだが、君もそう思うかい?」
「さあ、分かりません。でも、奥さんは何故『何者かに監視されている』という表現をしたんでしょう? もし元夫がよりを戻そうとして接触を図っていたのなら、彼女は元夫がストーカーだとはっきり言ったはずですよね」
確かにその通りだと山部は思った。ではどんな人物が?
ブルンガ島で亡くなった教授とその内縁の妻の死が、共通する何者かの手によるものだとしたら……。
脳裏にふと世田谷で捕まったというブルンガ人が浮かんだ。こいつが釈放されていなければいいが……。
山部はもう一度、河野を呼び出すと、
「河野君、ストーカーが元夫なら三浦悦子さんは何者かに監視されているという表現は使わなかったんじゃないかと桧坂君が言うんだが、そうすると犯人は彼女が予測できない人物となる。もし教授の死と内縁の妻の死が共通の犯人もしくは組織による犯行だとしたら、やはりブルンガというキーワードが関わってくるんじゃないか? それでな、そっちに確か、四課が調べているブルンガ人が勾留されていただろう。まだいるか?」
「やつでしたら藤田さんが連日、鋭意尋問中ですよ。『知らない、日本語分からない』と、のらりくらりかわすので藤田さんも手を焼いているようです。しかしあいつが血みどろで捕まったのは、世田谷の千歳烏山ですよ。ブルンガ関係というだけで、横浜の能美台の事件と関連付けるの難しいんじゃないかないですか?」
「容疑者として探しているという元夫だが、そいつの住んでたのが世田谷なんじゃないか? もしあのブルンガ人が絡んでいるとしたら、元夫も殺されている可能性が高いだろうね。千歳烏山の周辺で何か事件が起きてないか、所轄に問い合わせてみてくれないか」
「そいつは衝撃の展開ですね。わかりましたすぐにやってみます」
「それからな。やつはおそらく日本とブルンガの間には犯人引き渡し条約がないのを知っていて、単なる麻薬組織同士トラブルであれば、そのうち本国に送還されると考えてるんだろう。だが、日本人を殺したという容疑がかかれば話は別だ。藤田さんに『強制送還は期待するな』と言うように伝えてくれないか」
「日浦さんの病院に向かう前に、藤田さんに伝言しておきます」
これでどんな結果が出るか……。
山部としては河野の報告を待つしか無かった。
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