第13話 友久教授のアパート  【10月15日】

 アパートはルカ・ベンの言うとおり、クマ族の住居群の中にあった。不思議なことに、先程と打って変わって、住民の山部達を見る目が険しい。特に同じカーキ色のシャツを来てたむろする、数人の若い男達からは敵意の有る鋭い目線を向けられた。それはルカも分かっていると見えて、アパートに入るまでは押し黙って周りを注意深く警戒し、その顔には緊張の色が見えた。

 ルカ・ベンはどちらの民族にも顔が利くという話だったが、もしかすると子供達はともかく、大人のクマ族にはハミ族のルカ・ベンはあまり歓迎されないのかもしれない。

 そういえば先程、ビアホールでもルカの顔を見ただけで引っ込んだギャルソンがいた。

 山部はルカ・ベンに見張りを頼んで桧坂と共に部屋に入ると、先にホテルの部屋でも試した簡易式の盗聴盗撮発見器を使って調べたが、ここも異常はないようだった。

 室内はこちらのコーバンが報告書に書いたように、何も荒らされていなかった。

 間取りは台所と居間のみ。

 台所は、今でも教授が生きていルカ・ベンのように、レトルト食品が置かれていた。これは日本でよく見かけるメーカーのものだ。日本円の値札もついていたが、この島でも円が流通しているとなれば、こちらの商店で買ったものか、日本から持ち込んだものかは分からなかった。

 隣の(日本の江戸間サイズ換算で)六畳程の広さがあるリビングルームには、大きな本棚と書類ケースが整然と並べられており、カーテンで閉ざされた窓際には机とノートパソコンがそのまま置いてあった。

「どう思う?」

 山部は小声で桧坂に尋ねた。

「生活感がないように思います。例えて言うなら、有名人の記念館にある再現された部屋といった感じです」

「そうだな。この部屋は何事も無かった様に工作されているようだ」

確かに本棚から取り出された本が机の上に置かれ、書きかけの書類らしきものもその前にある。しかし、書籍のタイトルは『corridor of Timbuktu(トンブクトゥの回廊)』というもので、書類に書かれているのは、『ブルンガ島における、文化の融合』という事で、どこかちぐはぐな感があった。

 となるとパソコンの中身はどんな風になっているのか……。

 山部が机の上のノートパソコンのスイッチを入れると、案の定、ファイルはロックされておらず、中には無難なアプリケーションが少し残っているだけ。それ以外の履歴等は全て消去済みだった。

「でも復元できるかもしれませんよ」

 桧坂がポケットから取り出した青色のUSBをパソコンに差し込むと、消えていたはずの履歴がゾロゾロと出て来た。同時に消去されていたワードデータまでが大量に現れたのだ。

 桧坂はそれらを今度はオレンジ色のUSBに手早く記録し終わると、再現したパソコンデータを元のように消去した。

 違法じゃないのか? と山部は一瞬思ったが、これらの遺品が大学に戻されるまでには証拠隠滅されることもあるので、仕方ない事かもしれない。第一、此処は日本ではないのだ。

「山部さん、どんな具合ですか? この地区は夕刻になると危ないので」

 書類入れの中を物色していると、外の見張りをしていたルカ・ベンが少し疲れた様子で部屋に入ってきた。

「一通り終わったところだよ。そろそろ引き上げようと思っていたところさ」

「この後はどうされますか?」

「腹が減ったので、いったんホテルで食事としよう」

 ルカ・ベンは別れ際に、ページャと彼らが呼ぶ通信機器を渡した。それは日本では数年前まで病院か、博物館の一部でかろうじて使われていたポケベルの様な機械で、島の中で公務員同士が連絡用に使用している物だという。

「これは私が持っている予備の物ですが、ここにいる間は、ずっと持ってて下さい。何かありましたら、ボタン一つで駆けつけますんで」

 そう言って手を振りながら帰っていった。


 ホテルに戻り、ロビー兼食堂で間宮の出してくれたサンマ定食をごちそうになっていると、テレビからブルンガの歌番組が流れて来た。それは山部達が島に上陸した時に聞いた印象深い曲『ケセラセラ』で、歌っているのは重低音から想像した大男ではなく、少しお腹の出た小柄な中年男だった。歌の合間に南アのブブゼラに似た楽器が入り、三人の女性コーラスがMasquer les choses importantes(大事なものは隠そう)と、合いの手を入れていた。

「この歌は陽気な旋律に聞こえるけど、本当は村がテロリストに襲われて妻が殺されたという男の悲しい話なんだってね」

 と山部が言うと、

「深い悲しみほど、周りには見えにくいこともあるのかもしれませんねえ」

 と間宮が答えた。

 食事の後で、山部は日本人が集まるというスナック・ブルンガに出かけることにした。

 桧坂にも「来るかい?」と誘ったが、彼女はあまり気が進まないのか「USBにコピーしたデーターを部屋で分析してみます」と言ってホテルに残った。


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