第12話 ブルンガ島の生活  【10月15日】

 山部達はデッキを後にして、友部が住んでいたというブルンガ人の街中にあるアパートに向か事にした。


 デッキを降りた所に派手なのれん(!)を掲げた建物があった。見るとそれは銭湯で、、『Une personne de (一人)\100』と書かれた看板がある。見上げると普通の銭湯にはそぐわない程大きな煙突がたっていた。

「これはブルンガ人の経営する銭湯でんね。ブルンガは国土の殆どが砂漠で、たまに水で体を洗うことはあっても、風呂に浸かるという習慣は本来あらへんのですが、日本は汗が乾かんでヌルヌルするもんで、これができたんですわ。海水を温めた温泉です」

「海水を使った温泉とはいいですね。日本は蒸し暑いですから」と、桧坂が相槌を打った。

「この島では海水から淡水も生産されてるんですけど、こっちはコストの関係で飲料水向けです。風呂には使えません。お風呂は収集したゴミを地下にある炉で燃やすことで沸かしています。この炉は勿論日本製で、燃えるゴミを高温で燃やすことによりダイオキシン等の有害物質を出すこともありません」

「なるほど。昨今日本でも行き過ぎた分別から脱却して東京でも簡素化が進んでいるようだけど、ここでは既に行われているわけだ」

「厳格な分別を決めても国民が実行協力するのはドイツや日本だけで、他の国でそれをやろうとしたら不法投棄か、さもなくば革命が起こるだけですよって」

「そんなものかね。ところで、さっきも二百円という表示があったんだけど、ブルンガ島では円が流通しているの?」

「この島は日本の経済圏に組み込まれているのでそうなってます。本国は西アフリカ諸国経済共同体(ECOWAS)に加盟してますので、一応その中央銀行(BCEAO)の通貨であるCFAフランを使用してるんですが、政変以降制裁中ということもあって……」

「現在はユーロとかドルを?」

「いや、今は殆ど中国の元ですね。AIIB(アジアインフラ投資銀行)の支援で行われてる、インフラ事業で多くの中国人労働者が働いている為っちゅう理由もあります」

 ルカ・ベンの話を聞いて、山部は世界の生々しい動きが少し分かった様な気がした。


 少し歩くと客を呼び込む賑やかな声が聞こえてきた。

 山部に意味は分からなくとも、音の響きでフランス語とスワヒリ語が入り混じっていることは分かる。

「さっき、君はスワヒリ語の方がよく伝わると言ったけど、ブルンガの公用語はどっちなの?」

 ルカ・ベンに尋ねてみると、

「今の政府はフランス語が公用語やというてますけど、以前の政府はスワヒリ語を公用語にしてましたんで。どっちでも通用します」

 という答えが帰ってきた。それに対して桧坂が、

「でもどうしてスワヒリ語が公用語だったんですか? 地域から言えば、西アフリカにあるブルンガでは、フラニ語とかが話されていてもいいはずですが、スワヒリ語といえば、タンザニアやケニアで多く使われていた言葉ですよね」と聞いた。

「それはブルンガが独立した時に、指導者のピラトいう人が旧宗主国フランスや西洋諸国の影響を避けながら、国家の統一を図る目的で、アフリカ人でしゃべる人の多いスワヒリ語を強引に採用したからですわ。ブルンガは元々多言語社会で一部の民族が使っていたアラビア語やフラニ語を公用語に採用すると民族的な有利不利が生まれますんでね。せやから西アフリカでスワヒリ語を準公用語にしてるんはブルンガだけやと思います」

「それでどちらも公用語に?」

「はい。昔やったら学校では、スワヒリ語だけで授業してましたけど、今やとフランス語を使ってます。けど年配の人は今でもスワヒリ語の方が得意なようです」


山部達はブルンガ人の家が密集する地域に入った。通りを挟んだ両側には店舗を兼ねた住宅が多く生鮮食品やカラフルな衣服などが売られていた。

 ここは日本で言えば原宿といったところだろうか。

 山部は自分がアパレルメーカーから誘われていた事を思い出した。もしもそんな会社に再雇用された場合、仕事内容はおそらくクレイマー対策だろうが、時には営業もやらされるかもしれない。服といえば制服か背広以外、殆ど着たことがない山部に務まる訳がないと思われた。

 それにしても店先に並べられている服は日本とはずいぶんデザインも色使いも違うようだ。

 桧坂のような若い子ならば見ただけで分かるだろうか? と思って尋ねると、

「えっ、そうなんですか。私は流行に疎いもので」という答えが帰ってきた。そのかわり、野菜や果物には詳しいらしく、「日本と同じ物が並んでますね」と関心を示した。

「これらは毎日豊洲から運ばれてくるもので同じなんですわ」とルカ・ベンが答えた。

 日本円で表示された価格は、東京の下町より少し高い。ブルンガ人の給与から考えると、エンゲル係数(生活費の中で食料の占める割合)はだいぶ高くなるのではないかと山部は推測したが、オーストラリア産牛肉と、ブルンガ人が主食だというアメリカ産コーンスターチは随分安かった。

「それらは、日本みたいに関税がかかりまへんので助かってます」

 とルカ・ベンが説明した。そうでなければ、この島に住むブルンガ人はいなくなるだろう。

 スズキも安く売られていたが、先程の釣り人がいたデッキではそれ程釣れていなかったので山部は、「これも豊洲から来るのかい?」と尋ねてみた。しかしルカ・ベンは、

「そういった魚はこの島の秘密の場所で大量に釣れるんですよ」と答えた。

「その場所を是非教えてもらいたいねえ」

「仕事が早う片付いたら一緒に行きましょか」

 ルカ・ベンはそう言って笑った。


 ブルンガ人が暮らす家は大きさで言うと、日本の建売住宅程だが、外観は素朴な板張りが多かった。ただそのカラフルなこと。先程見かけた子供達の自転車と同じ様に日本ではあまり見かけない原色で、異国情緒あふれるものだった。そしてどの家にもヤギが繋がれている。

 屋根に目を向けると、全くアンテナが見当たらない。これは全戸にケーブルテレビが引かれているせいだろう。

 東京から目と鼻の先にありながら日本からのテレビを遮断して自国の番組だけを流しているとすれば、もしかするとブルンガ国は思想統制でもしているのではないだろうか。山部はふとそんな気がした。

 よく見ると南側と北側で少し形が違う。北側の家はアルミサッシの窓枠やドアを使用しているのに対し、南側の家は窓枠まで木で出来ており、どこか古風な建て方だった。

 桧坂がそれを目ざとく見つけ、ルカ・ベンに質問した。

「通りを挟んで北と南の家が少しデザインが違うのはなぜですか?」

「よう気づかれました。北側はハミ族の、南側はクマ族の家ですねん。といっても、どちらも近代様式の国営住宅で、本来の伝統的な家は素焼きのレンガ造りなんですわ」

「そういう家は、ここにはないのかい」

「いえ、呪術師や相談事を請け負う長老等はここでもそういった家に住んではります」

「興味深い話ですけど、今回は行くことも無さそうですね」

「そうだね。我々の目的は観光ではないので教授の家に向かおう。ルカ、その家はここから近いのかい?」

「ええ、友久先生は主にクマ族の方の研究をされてましたんで、クマ族側に部屋を借りてはりました。従って我々は南に向かいます。その前にコーバンに行って、アパートの鍵を借りて来んとあきません」

 山部達はリゾートホテルの様な外観で、所轄署並の規模があるコーバンに向かった。

 表玄関の前に植えてあるシアの木の陰にはフランス警察の中古なのか、青と赤のストライプが入った二台のシトロエンと、警視庁からの物と思われる白黒のクラウンがあった。

 門の前に立つ警官は皆、左の腰に巨大なナイフを右の腰には警棒(というより、棍棒に近い迫力がある)をぶら下げている。外見は不気味だが、日本人に敵対心を持ってはいないようで、山部を見て「コンイチハ」と笑いかけた。

 ルカ・ベンは、そのタイミングを逃さず、

「ここでちょっと待っててください」

と言って、警官に近寄り、土産物を手渡して話しかけた。

「ルカさんは警察の人にも顔が利くようですね」

 桧坂が山部に呟くと、ルカ・ベンに聞こえたのか、

「私の家は隣の公務員宿舎ですよって、みんな顔見知りですねん。調査が片付いたらぜひウチに遊びに来てください」

 と言って警察署の隣りにある低層階マンションを指さした。

「係の人が署内にいるようなので、鍵を借りて来ます」

 そのままルカは一人でコーバンの中に入って行った。

「島の交番というので小さな物を想像していましたが、かなり大きいですね。屋根の上には他の家では見かけなかったパラボラアンテナや小型の電波塔まで立ってるようですし」

 桧坂が感心したように言った。

「人口が8000人という事で、これ位の規模が必要なんだろうね。こう言っちゃなんだけど、あまり治安は良くないという話だし。それに本国の警察との連絡もここが行ってるんだろうしね」

 山部が桧坂とコーバンの屋根を見て話していると、ルカ・ベンがアパートの鍵を借りて戻って来た。

「ああ、あのでかいパラボラアンテナでっか。あれはテレビの放送用ですわ」

「え、ここがテレビ局も兼ねてるんですか?」

 桧坂が驚くと、

「アフリカでは政変があると、まず押さえられるんがテレビ局ですね。ここは平和ですけど、本国にならって警察署とテレビ局は同じ建物に入ってるんですわ。あのパラボラでブルンガ国営放送を3チャンネル分、キャッチしています

「じゃあ、テレビ放送は直接本国から衛星で送られてくるの?」

「いえ、衛星の放送受信範囲は限られてるんで、途中でドバイと北京の協力局を経由して番組が送られてくるんですわ」

 山部は改めてブルンガと日本の距離を考えた。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る