第7話 ブルンガ共和国大使館 【10月13日】
翌日、山部が指示通り秋葉原駅昭和通り口で降りると、そこに桧坂巡査部長が待っていた。
桧坂は山部にペコリとお辞儀をして謝意を述べ「島で使う名刺ができております」と言って、有りそうで無さそうな保険調査専門の会社名と山部の名が入った名刺を差し出した。
桧坂の姿は制服とは違い、チャコールグレーで膝丈までのフレアスカート・スーツ。ストッキングは無く靴下のみ。それは1m70cm近くあるボーイッシュな彼女によく似合っていたが、下に置いているスポーツバッグはかなり大きく、アンバランスな印象も受けた。
山部は昨日の会議で、彼女が25歳と聞いていたが、もし胸にエンブレムでもついていればバレーボールか何かの対抗戦に赴く大学生に見えるなと思った。
「では行きましょうか」
彼女がスポーツバッグを持ち上げた瞬間、後ろでスカートをまくり上げ、お尻が見えた。
「ちょっと、いいかね。その、スカートがめくれているが……」
「あ、どうも」
桧坂は少し赤面して裾を戻した。どうやら彼女は、年頃の女性では珍しく服装には無頓着な性格らしかった。
「ずいぶんと荷物を抱えているが、まさか予定が変わって、今日の内に島に渡る事になったなんて言うんじゃないだろうね。私はまだ相棒の猫を家に残しているんだが」
「いえ、今日のところはブルンガ大使館に寄ってビザを取得するだけで、出発は明後日となっています。私は習いものの合気道をやってるんですが、しばらく本部道場にも顔を出せなくなるので、この後、少し汗を流そうと思って道着を持ってきたんです」
そう言って笑った。荷物は大型ロッカーに空きがなかった為に担いで行くと言う。
山部が「大使館はここから近いの?」と聞くと、「目と鼻の先です」と答えた。
彼女は軽々とバッグを担いだまま、山部を案内して昭和通り沿いの雑居ビルに入った。
そこは一階がカフェで、二階から五階まではレンタルオフィスになっており、同人誌向けの印刷会社やら金融会社の看板が、所狭しと並ぶ中、やや控えめにブルンガ大使館と書かれた表札が見えた。
不思議な事に受付(?)に座っていたのは、国旗の入った名札から、ベトナム人と思しき女性で、アフリカ人の姿は観光用に展示してある写真の中だけにしか見当たらなかった。
「イラッシャイマセ。お伺いします」
日本語がたどたどしい女性が、入ってきた山部達に向かって無表情に言った。
数年前に民族紛争が起きる前まではクマ族出身の大使が東京に常駐し、東アジア全体をカバーしていたそうだが、現在のハミ族出身の大使は北京にいて、日本や韓国の大使も兼ねているのだという。
桧坂がブルンガ島に渡るビザを求めると、ベトナム女性は抑揚のない日本語で事務的に聞いてきた。
「トウキョウ島に渡られるのですね」
「トウキョウ島?」
「我々はブルンガ島と呼んでいますが、彼らはトウキョウ島と呼んでいます」
桧坂が補足説明をした。
「カンコー(観光)ですか? おシ事ですか?」
山部は仕事で三日間の短期滞在と答えた。
「一人、10ドルです」
ベトナム女性は、ビジネス内容を聞くこともなく、ビザを簡単に発行した。
「私はビザなしの国には観光で行ったことがあるが、ビザって即日に出るものなの?」
大使館の帰り道で山部が尋ねると、
「ブルンガ島へのビザは形式的なものなので、いつもこんな感じなんだそうです」
と言って、エクボを見せ笑った。
「アフリカだとビザのいる国は多いのかい?」
「むしろ私の知る限り、免除される国の方が少なくてチュニジア、モーリシャスのみかと。後はMRPかIC旅券を持っている場合に限りレソトで免除される程度です。ナイジェリアに行った時は、ビザが必要だったんですが、申請してからだいぶ待たされました」
山部は、彼女が大学生時代アフリカへの留学経験が有ると神奈川県警の牧丘警視正が言っていたことを思い出した。
卒業後この仕事につき、三年で巡査部長だとすると、ずいぶん昇進が早いようだ。あちこちに飛ばされる理由で女性にはあまり人気のない準キャリア組かなと推測した。
「君は、なかなかの頑張り屋さんだね」
少なくとも彼女なら足手まといにはなるまいと一人納得した。
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