第4話 琢磨での会議 その1 【10月12日】
翌日、途中で軽い昼食を済ませた山部は、12時50分に長年通い慣れた丸ノ内線・霞ヶ関駅A3a出口を出た。
そこに既に河野が待っていた。
河野は警察官としては少し小柄で、眼鏡をかけ、スーツをきっちり着こなしている。
一見すると丸の内で働くサラリーマンに見えるが、それもそのはず、彼は元銀行員なのだ。初めて山部の部署に配属された河野を上司から紹介された時、はたして役立つのかと不安に感じたものだが、河野は努力家で、もの覚えも早く、意外に運動神経も良かった。
「おやっさん、お久しぶりです」
「よせやい、まだ半年じゃないか」
たわいもない挨拶と会話を交えながらも、詳細については何も話さず、ふたりは警視庁へと向かった。庁舎をちらりと見上げた山部は、つい懐かしさを覚えてしまった。口では「まだ半年」と言いながら、退職者としての複雑な心境を抱いてしまうのも事実だった。
河野は、すでに用意していた来訪者用入館証を掲げて、勤務者用出入り口から山部を通し、庁舎内某階にある会議室、喫茶『琢磨』に案内した。
と、そこには意外な面々が待ち構えていた。
「山部さん、ご無沙汰ばかりで申し訳ありません」
丁寧な口調で頭を下げた男は、森倉修司。現在の役職は警察庁の警視監だ。
幹部としては珍しいスポーツ刈りの頭に、所々白いものが交じる。とはいえ45歳の肉体と表情は精悍そのもので、趣味がヨットということもあって日に焼けていた。
いわゆるキャリア組で、警部補として初任研修についた時、山部が現場の仕事を事細かく教えた事があった。
彼らが最初に就く警部補という仕事は、外回りが殆ど無い。にもかかわらず、森倉は自ら山部に希い願って地取りの(聞き込み捜査)イロハを学んだ努力家だ。山部の真摯な教えに感謝し、以後階級がどれほど上がろうとも山部のことを『さん』付けで呼んでいた。
「では森倉警視監、私はこれで……」
案内の役目を終えた河野が外に出て扉を締めた。
部屋には他に背広組が二人。さらに会議用テーブルと少し離れた扉近くに、婦人警官が一人スチール性の椅子に腰掛けていた。
「紹介します。こちらは外務省の羽島・中東アフリカ局次長。そちらは神奈川県警刑事部の牧丘警視正、あちらは同じく神奈川県警の桧坂巡査部長です」
退職したといっても、山部は元警察官だ。階級から言えば雲の上の存在である警視監の森倉がどうしてこれほど低姿勢なのだろうと牧丘達は驚いたようだが、次の瞬間、彼らは山部の力量を知ることになった。
「要件は五日前の日産本牧埠頭の身元不明死体に関することでは? 神奈川県警の案件に外務省の方が同席されているという事は、近くのブルンガ島でも関係していると見ておられるんでしょうか?」
その場所に偶然山部が居合わせたという事は言わない。職業病というか毎朝新聞三紙に目を通しているが、そこから導き出した推測だけを述べた。
「ここ数日で新聞に記載された神奈川県内の重要事件は、能見台で起きたストーカー殺人事件とこの件のみ。ワイドショーでは前者がセンセーショナルに扱われていますが、外務省が動くことはないでしょう」
半ばハッタリの様なもので、外務省の人間が会議に混ざっているといっても本牧の水死体に限った事ではないし、ましてそれが近くにあるブルンガ島に関係しているという結論にはならない。
だが、山部を呼び出したのが警視監であるとなると、相当やっかいな案件であるはずで、目撃した水上バイクの捜索位置からも彼らがそのように考えているのではないかと推測したのだ。
一同が唖然とする中、一人森倉だけは、
「さすがは山部さん、お呼びした甲斐があります」と笑った。
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