第49話
日本列島からかなり離れた無人島に一艘のボートがやって来た。ボートのエンジン音が切れると、そのまま余韻で進んでいく。
岩場に乗り上げ、その中から一人の男が出てきた。。
耳元で真珠がキラキラと輝いている。軽い身のこなしでボートから飛び降りた。
服をぱっぱと払い、歩いていく。
そこに再びエンジン音が遠くから聞こえてきた。音はだんだんと島に近づいてくる。
上手く止まれないのか、そのまま岩に激突した。
半分壊れているボートの中から呑気に出てくる者がいる。顔はフードに包まれ、その姿は暗闇とほとんど同化している。
「何でお前がここに来るんだよ。」
「何となく、ここにこれば君に会える気がしてね。」
「嘘をつけ。お前には見えているんだろう?」
「まあね。この島が最終局面のようだ。」
いがみ合うこともなく、2人は島の奥へと歩いていく。お互いに無表情。ここで出会うことは想定内のようだ。しばらく無言のまま、2人は進む。やがて横並びになった。肩を並べて歩く姿を後ろから見ると、2人は古くからの友人のように見える。
「何しに来たんだ?」
「君に会いに来たと言ったじゃないか。」
「俺に会ってどうする?」
「いろいろと聞きたいことがあってね。仲間のことは気の毒に思うよ。」
「お前が言うのか。」
「君はもう1人になってしまったね。」
「ああ。気に入らねぇ。」
「同感だ。だからここに来たんだろう?ここなら無関係な人に被害が及ぶことはない。」
「とんでもねぇ連中が来るらしいなぁ。」
「そうだね。僕が出会った奴らは大したことなかった。本命はこれからだね。」
やがて歩みが止まった。木々が途切れ、開けた空間に出る。地面から飛び出たような岩があり、そこに2人とも腰をおろした。
空は満点の星空だ。だが、2人の間にロマンチックな雰囲気は欠片もない。
「まだ時間はあるようだな。先に聞かせてくれよ。お前は何者なのか。」
「僕自体は大した者ではないよ。ついこの間からこんな感じになったんだ。」
「見えるのはそれからなのか?」
「いや、前からだよ。それまではただ見えるだけで、干渉することはできなかった。」
「突然に能力が進化し、人格まで変わったのか。」
「…人格は変わっていないのだがね。」
「その話し方、明らかにその年のものではないだろ。」
風が2人の間を駆け抜け、風圧でフードがめくれあがった。隠す様子もなく、じっと空を見上げた。
「もうこの話し方は止めた。ここで素顔を隠す必要もない。」
「…驚いた。意外と真面目な顔してるんだな。それに思ったよりも若い。」
「年下のくせして生意気だったかな?許しておくれ。」
「まだ抜けきってねぇな。で、お前の目的はなんなんだ?」
「八雲さんが前言っていたよね。力があるものはそれを使うべきだと。僕もその通りだと思う。」
「ほー、で?」
「能力が目覚めた日、僕は一度家を出たんだ。帰った頃には母親は家にいなかった。というか家がもぬけの殻になっていたんだ。そして玄関に一切れの紙が落ちていた。頑張れと一言。おそらく母さんは僕が’見える’ことを昔から知っていた。能力が開花したときも母さんは分かっていたんだ。」
「それで、お前が自由に動けるようにどっかに行っちまったってことか。どんな母親だよ。」
「僕もそう思ったよ。でも、僕は満足だ。世界に触れ、いろんなことを知れた。」
「…そうか…それは良かった。」
これまでの言葉と違い、男の声には感情の響きがあった。空を見上げ、星の輝きに目を細める。
「あいつらもそうだといいがなぁ。」
「そうだね。それが八雲さんの計画なんだろう?能力持ちたちを集めてやりたかったことって実はないんだ。」
「今さら隠してもしょうがないか。そうだ。そんなたいそうな計画なんて考えてない。俺はただ、あいつらに生きて欲しかった。」
「生きるというのは具体的にはどういうことなの?学校行ったり、会社行ったりってことではないんだろう?」
「ああ。さっきお前が言った通り、満足してもらいたいんだ。その力を存分に使って欲しい。それだけのことだ。」
「どうしてまた世界を敵にまわすようなことを?」
「世界は安定を望んでいる。俺たちみたいな異端者は翼を広げてはならない。その力を見せてはならない。それは苦しいことだ。何よりもな。」
「確かに今はそうだね。でも、未来は分からない。」
「駄目だそれでは。いつかは、なんて考えは虚しいだけだ。俺たちに’いつか’は来ない。」
「どういうこと?」
「能力は完全ではない。その力が完全と言えるほど強力なものでも、決してある一点においては完全ではない。何だか分かるか?」
「さあ。」
「寿命だよ。能力に目覚めた瞬間から細胞の活動が衰退していく。呪いみたいなもんだ。もって30歳程度だ、生きられるのは。」
静寂が訪れる。
「そういうことか。’いつか’はこないって。」
「考えてみれば納得できる。もし能力持ちが長生きできるのなら、今頃住みやすい世界になっているはずだ。能力養成学校なんてのもあるかもしれねぇ。」
「残酷だね…」
「お前はどうだろうな?お前の能力は特別だ。さっきお前自身は大した者ではないと言ったな?」
「うん。これは僕が産み出した能力ではない気がするんだ。あくまで僕は’見える’だけ。それをどうにかしたいなんて思ったことは一度もなかった。」
「授かった、というのがお前の感覚なんだろう。」
「そうだね。それで寿命が縮まってしまうなんて理不尽なことだ。」
男はじっと少年とも青年とも言える顔を見つめた。何かを探るような目つきをしている。
ふと元の表情に戻って言った。
「言っただろう?世界にとって俺たちは異物なんだ。自滅するようにプログラムされてるんだよ。」
「だから世界を敵にまわしたのか。ささやかな反撃として。」
「ま、想定外の敵が現れたがな。」
「ふふ、Questersだね。これは元をたどると本当にくだらないんだ。」
「僕の友達がとてつもない幸運の持ち主でね。意図せずして大金を手に入れたんだ。そこである男と出会い、金のやり場に困った二人はひょんなことからQuestersに依頼を出すことになった。まあその過程でいろいろあったんだけど、それが元だね。」
「俺はとことん世界から嫌われているらしい。敵が勝手に生成されやがる。」
「どうしようもない。世界が本腰をいれ始めるのはここからだ。」
「だろうな。」
空には一つの星も見えなくなっていた。明かりを失うと、辺りは暗闇に包まれた。
「多すぎて訳が分からねぇ。」
星が消えたのではなく、何かに星の光が遮られている。空を覆い尽くすほどの大量の何かが空に浮かんでいる。
「お前、死ぬ気はあるか?」
「全然。」
「そうか。じゃ、そこで寝てろ。」
ゆらりと体が揺れ、地面に倒れ伏した。
一瞬のことである。
「お前が唯一の……だからな。賭けてやるよ、お前の未来に。」
耳元に手をやり、真珠を引きちぎった。そっと地面に落とす。
上空から重低音が鳴り響く。少しも怯む様子もなく、堂々と立ち上がる。
真っ黒な空を仰ぎ、口の端を歪めた。
「来いよてめぇら。楽しい舞踏会の始まりだ。」
手を高く掲げ、指と指を合わせる。
凄絶な戦いが始まるとは思えないほどの軽快な音が鳴った。
パチン!
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