第47話

「ちっ、来て早々こんなところに泊まらなきゃいけねぇとは、ひひっ、運が悪い。」


椅子を蹴飛ばしながら男は言った。爪をガリガリと噛んではつばを吐き捨てている。


「随分荒れているところね。それに汚い。」


女はその真っ赤な髪を手でときながら上を見た。頭上には大きな穴がある。古くなって崩れたのか、剥き出しの鉄筋が垂れ下がっている。

その結果、建物の中からでも空が見えている。

太陽が昇りかけていて少し明るい。

風が強く、雲がそれに流されて動いていくのが容易に目視できるほどだ。


「まだサイレンの音があちこちで鳴ってやがる。いい加減静かにしてくれよぉ。ひひっ。」

「町一つを火の海にしたんだから当然よ。一撃でやらなきゃ厄介な相手だったみたいだし。」


女は手にもつタバコをピンと弾いた。転がっていった先に大きな黒い物体がある。一見ただの四角形だが、所々に凹凸がある。


「にしても、まあまあ不味いところにぶっ刺さったみていだな。ひっ、マシンが自己修復できねぇと。」

「笑い事じゃないわね。こんなところであなたと2人きりなんて。襲われたらどうしょう。」

上目遣いに男の方を見る。

「ひひっ、勘弁してくれよ。俺は死にたくねぇ。」

「どういう意味よ?」


舐め上げるような目つきに男はたまらず距離をとった。額には汗が浮かんでいる。




「いやぁ、お楽しみのところ悪いんだけど。」


2人は同時に上を向いた。視線の先には黒い影がある。天井に空いた穴から男女を見下ろしている。


「誰だぁ?お前?」

黒いフードに包まれ、その顔は見えない。異様な雰囲気を纏う姿に、2人は警戒態勢に入る。


「ここで待っていたのは2度目だ。いわく付き物件なだけある。」

「質問に答えろ。お前は何者だ?」

「思ったより平凡な人たちだ。」

「何を言ってやがる?それ以上意味分かんねぇ事言ったらぶっ殺すぞ。」

「こわいこわい。」



すっと穴から降りてきた。

「君たちが放火犯なんだろう?」

「ええそうよ。あなたは何?正義の味方かしら?」


ふっ、と微笑んだ。それが更にこの男の不気味さを増した。


「分かりやすいね。彼なら君たちを悪者だと言うはずだ。」

「お友達が火事で死んじゃったのかな?かわいそうな坊やね。」

「ひひっ、友達のところへ行かせてやろうかぁ?」

噛んだ後が残る指をポキポキ鳴らし、黒フードを挑発する。だが、その顔からは笑みが消えている。



「そんなことより、あのマシン、壊れているみたいだね。」

「話をそらすんじゃねえよ。」

「大事なことだよ。急に爆発なんてしたら大変だ。」

「ひひっ、てめぇには関係ないなぁ!」

言い終わるや否や、男の体はだらりと揺れ、地面すれすれまで前屈する。そして一気に加速し…


ドコォォォォォォン!!!!


「な?!」

機体が急に爆発し、部品が四方八方に飛び散る。部屋の中を黒い破片が弾丸のように飛び回った。


―――――――――――――――――――――――



反射的に迫り来る破片をすべて手でさばいた。指先から血が流れるが、気にしている場合ではない。


なんなの奴は?爆発は奴が言ったすぐに起こった。爆弾を仕組む間などなかったはずよ。

ということは…


「ひひっ、お前、異能者か。おもしれぇ。」

「そっちではそういう呼び方をするんだね。」


異能者ねぇ。まあ、だから何って話よ。

私たちは今までに数々の異能者を殺してきた。異能の対処法はいくつも体得している。


「坊やの異能は遠距離タイプのようね。わざわざ機体の爆破で私たちをヤろうとしたとなると、動いていない物にしか使えない、あるいは狙いをつけれない。」

「さあね。」


奴の周りを回るように歩いた。こちらに合わせ、体の向きを変えるようなことはしない。

狙うのに目で見る必要はないようだ。


「めんどくせぇ。ひっ、さっさと片付けようぜぇ。」

「それもいいけど、私あれ嫌いなのよ。」

「そんなこと言わずによぉ。」

「分かったわよ。」

「じゃ、行くぜぇ?」

懐から消しゴムほどの小さなスピーカーを取り出した。


ピーーーーー


耳に意識を向けていないと聞こえないほどの超高音がスピーカーから流れる。

その音を聴いたとたん、体の奥がかっと熱くなる。心臓の鼓動が跳ね上がり、身体中を血液が爆走する。手足がガクガクと震え、膝をついた。


う、うううううううううううう…


やがて体の自由が戻った。立ちあがり、体の感触を確かめた。

全身に力がみなぎる。軽く地面を蹴るだけで体がふわりと宙に浮く。


「ひひひ。最高の気分だ。」

男の姿はさっきの数倍のサイズになり、天井に頭が届きそうになるほどだ。

「だから私、この姿は嫌なのよ。」

私の体も前よりは明らかにでかくなっている。


「2人とも随分ナイスバディになったね。それが例の人口なんたらか。」

「あぁ?どっからその情報を?まあいっかぁ。今はとても気分がいい。あははははは!」

「でかくなるだけなんて大したものじゃないね。君たちの能力はハズレだ。」

「あーうるせぇ。今殺してやるからよぉー。」


ドシドシと歩く度に建物が揺れる。スピードは落ちたかも知れないが、パワーは桁違いに上がっている。それに生命力も格段に上がった。もはやそこらの攻撃では致命傷は与えられない。


「ふ、ふふふ。」

フードの下から見える口がこの場に似合わず、笑っている。

「リスクを伴うものは、僕の能力とは相性が最悪なんだよ。」


ブチッ ブチチッ

「あが?あ、ああああああああ!!!」

男の体から血しぶきが舞った。体がねじれ、あられもない姿になっている。


ブチ

私…まで…

「ごほっ!!どうして?!」

奴の異能はなんなんだ…ぐふっ!

体がよじれ、激痛が襲った。

あまりの激痛に意識が飛びそうになる。かろうじてこらえ、奴を見た。



「本来ならリスクがないと言えるほど、安定したものなのかもしれない。でも、少しでも崩壊する可能性があるのなら、それは起きてしまう。」


「運が悪かったね。」








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