第41話
浜崎……
さすがだ。命がいくつあっても足りないような戦場を幾度も生き残った者にとって、敵を屠るためには、自分の命すら武器のひとつなのだ。
それは俺も同じだがな。
腹に巻いたダイナマイトを手でさすった。
これを使うことになるのはどっちだと、戦いが始まる前に笑い合った。
先に使うのはお前だったな。
爆風の中、呆然と立ち尽くしている男がいる。やはりこれでも倒すことはできない。
だが、致命傷とまではいかなくても体の機能の大部分は奪えたはずだ。
先のやり取りで、奴は意識したところに集中的に能力を使うことがわかっていた。
鼓膜や網膜を強化しようとは思いつかないだろう。
ゆっくりと近づく。
こちらが接近しても微動だにしない。
目は虚ろで、手はだらしなく下に垂れている。
「俺の名前は西島だ。あんた、何て名前なんだ?」
返事がない。やはり耳も聞こえていないのだろう。
「どうやら決着のようだな。」
頭部に照準を合わせ、引き金に手をかける。
指に力を込めた瞬間、男の姿が視界から消える。
刹那、腹を何かに貫かれた。
血がこみ上げ、口からこぼれでた。
「俺の名前は蓮藤だ。冥土の土産に教えてやるよ。」
腹を見ると、図太い腕が後ろから貫いていた。
「お、お前…本当は効いてなかった…のか?ぐっ!」
手を引き抜かれると、血が滝のように流れ、立っていられなくなる。
「いや、確かに効いていた。認めたくはないが、あのままでは俺は負けていた。」
かすれ行く意識の中、男の姿を見た。
全身から赤い蒸気が迸り、傷は治りかけている。
「俺の能力はまだ先があったらしい。お前らとの戦闘のおかげで、こうして開花した。感謝するよ、お前らの強さに。俺を相手に一歩も逃げなかった。命を捨ててまで、俺に深傷を負わせたあの男もお前も、戦闘経験では俺よりはるかに上だった。」
ふっ、こいつは勝てないわけだ。
ゆっくりと目を閉じる。心臓の鼓動がだんだん弱くなっていくのが分かる。
ま、傭兵の最後にはふさわしい。
――――――――――――――――――――
西島、浜崎が負けたことにより、戦局は大きく傾いた。
Questers後衛部隊が強力な武器により、能力持ちに対して優勢だったのもつかの間。
能力が進化した蓮藤が戦闘に加わると、なすすべがなかった。
自らかけた負荷だけでなく、相手から負ったダメージも自身のエネルギーに変えることができるようになった蓮藤を止めることはできない。
森に銃声が響かなくなった頃、もう決着はついていた。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
迷宮が解けてから数分後、アガサはラビリンスとともに森の中心へ向かった。
「勝負は私たちの敗けのようね。」
「そ、そうだ。蓮藤さんがいて負けるはずがない。」
「その蓮藤さんって、あそこで座り込んでいる人のことよね?」
倒れた大木に腰をかけ、辛そうに呼吸をする男がいる。
「れ、蓮藤さん!大丈夫ですか?!」
振り向いたその顔には血管があり得ないほど浮いていた。
「ちょっと能力を使いすぎたようだ。お前こそ無事か?」
「え、ええ。一応…敵に眠らされてしまいましたけど。」
蓮藤という男と目が合う。やはりあのとき学校にいた男だ。
「お前は…やっぱりQuestersだったか…」
ぜえぜえと肩で呼吸している。
「動くな。」
私たちとは反対側からパジャマを来た青年が歩いてくる。その手には麻酔銃ではなく、実弾の入った銃が持たれていた。
「どういうことだ?!勝負は僕たちの勝ちのはずだ!!」
「ああ、正式にはね。だが、それを守るほどお人好しでもないし、何しろこの男は危険だ。放っておく訳にはいかない。」
引き金に手をかけた瞬間、
「それはカッコ悪いよ。」
銃が地面に落ちる。血がその上に滴り落ちる。さっきまで銃が握られていた手には、丸い穴が空いている。
「何者だ?」
彼らは姿を表した。
「一回会ったことあるかな?Questersの管理人さん。」
「君は…何がしたいんだ?」
「この件はこれでおしまい。お互い手を引こうよ。」
インヴィジブルが蓮藤に向かって歩いて行く。
「後は彼らに任せたらどうでしょう?あなたは十分戦った。」
「俺はそのつもりだ。勝負には勝ったが、今の俺ではここにいる者たちを制圧することはできない。見逃してくれるのなら勝負はドローにしといてやる。」
「だ、そうだ。これでいいだろう?アガサさんも。」
「そうね。お互いに被害が大きい。まずは亡くなった人のことを優先するべきね。」
満足そうにうなずいた。
「ふうー、空気が読めていないのは僕だけか。いいだろう。みんなの弔いをするのが僕の役目のようだ。」
焼け焦げた臭いがする森の中を平然と歩いていった。
ラビリンスは蓮藤に肩を貸し、ゆっくりと来た道を引き返して行った。
「僕たちはもう裏で動くことはしないよ。事が終わるまで、静かに待っている。」
「アガサさん。」
「何よ?」
「ちょっと見ない間に大人びたんじゃない?」
「何?私を口説こうとしてるの?」
また冗談で言ったつもりなのだが、横から鋭い視線を感じた。
「あんた、弱いくせに死ななかったのね。犠牲者たちに悪いと思わないの?」
「あなたね。言って良いことと悪いことがあるわよ。」
真正面から目を見て言ってやった。
「あなたみたいな思慮のないお嬢さんは、いつまでたっても結婚できずに一人寂しく生きてくだけよ!もう少し他人の気持ちを考える事ね!」
半分怒鳴りながら言ったせいか、なぎさの目には涙が浮かんでいる。
「わ、私、そんなつもりじゃ…う、うぅ」
「あれ?」
「駄目じゃないかアガサ!もっと優しく話してあげなきゃ。」
え?
そういうキャラなの?目を押さえたままどこかに行ってしまった。
「なぎさはアガサと仲良くなりたかったんだよ。」
「そんな馬鹿な!」
今日1で驚いた。どうみても私に敵意があるようにしか見えなかった。
「なぎさはああ見えて、本当にお嬢さんなんだよ。俺以外に友達と呼べる人はいないんだ。」
「そりゃああんな性格してたら…」
「それは我慢だよ。ほら、謝りに行って。」
「何で私が!」
呆れを通り越して疲れて来た。これ以上付き合ってられない。
それに、早く西島さんのところへ行かなければ。
話では亡くなったと聞いたが、どうも信じられない。
少しの間でもパートナーとして一緒にご飯を食べたり、作戦会議をしたりした。
最後に一目、顔を見ておきたい。
「私は森の中を行くわ。あなたたちはこれからどうするの?」
「どうもしないよ。もう俺たちが干渉できるものはない。後は運命に身を任せることにするよ。」
「そう。あの、一応彼女に謝っておいて。」
分かった、とうなずいた彼を見たあと、西島さんたちが眠る森の中へ、力強く足を踏み出した。
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