第39話


「なんだと…」

男は膝を抑えうずくまっている。

「傷が…ふさがらない…」


そういうことか。この男の能力は回復系。

手りゅう弾の爆風で負った傷は即座に回復したらしい。


「何…で…」

この隙に銃を奪い取った。

「命は奪わないから、大人しく眠っていてね。」

男の頭に銃を振り下ろす。

「がぁっ」

ゆっくりと顔を地につけた。



「で、何でいるって分かったの?」

もう慣れてきたが、急に2人が姿を表した。

女の方は不機嫌な顔をしている。


「何回目だろうね?この感じ。」

この場に似合わず、ニコニコしている。


「知らないわよ。あなたたちが私の事をストーカーするからよ。」

「あんたのストーカーなんかしていないわよ!」

「まあまあ、落ち着いてなぎさ。まったくしていないとは言い切れないよ。」

「インヴィジブルだっけ?あなたのコードネーム。インヴィジブルは私の事好きなの?」


冗談っぽく言ってみる。

「ははっ、そうかもね。」

「気持ち悪い。私の横にいないで。」


なぎさの方は最初から不機嫌だが、さらに増した気がする。

「あなたは足手まといよ。さっさと帰ったら?」

「そうはいかないわ。私は任されていることがあるの。」

「あなたなんかにできるのかしら?」

「なぎさ、そんなバチバチしないで。」


何故だろうか。なぎさとは仲良くできる気がしない。性格の悪いお嬢様に罵倒されるメイドの気分だ。想像だが。


「僕たちもやっぱり参戦することにするよ。わりと世界の命運がかかっているからね。じっとなんてしてられない。」

「早く行くわよ!こんなやつ放っといて。」


思わず苦笑いしてしまう。


「はいはい。お嬢さん。」

手を出すとしっかりと握った。

手を繋いだ2人の姿がみるみる見えなくなっていく。


最後に見た感じだと、2人はそういう関係のように見える。少なくともなぎさの方は彼の事が好きなのは伝わってきた。


だからなのか。彼女があそこまで私の事を毛嫌いするのは。

心配しなくても、私はあんな男に興味ないわよ。


早くケルベロを追わなきゃ。

手の傷は浅かったため、もう血は止まっていた。

足に力を入れ直し、彼の行った方向に走った。



その足取りは、少しイライラしているように見える。



―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



はぁ…はぁ。

まだ追って来ている。

今では撃つのを止め、逃げることに専念している。銃の扱いに馴れていないため、とても命中されられる気がしなかった。


はぁ……はぁ…。

きつい。運動が苦手なのは自覚していたが、少し走っただけで体が悲鳴をあげるとは情けない。

敵はだんだん近づいてきている。

ちらりと見たが、奴はパジャマを着ている。

関係ない事だが、何故かそんなやつから必死に逃げていると余計情けなくなってくる。


恐らく相手は麻酔銃だ。射程が短い分、少し追い付かれても大丈夫なはずだ。

とりあえずこの距離をキープするのに専念しよう。


僕の役目は能力を維持することだけだ。

蓮藤さんが勝つまで逃げ切ればいい。

その勇姿を見たかったが、敵が予想よりも早く来たため、良い隠れ場所に移動する時間がなかった。


ピュッ!


頬のすぐ横を何かが通り過ぎていった。

地面を摩っていくのをよく見ると、麻酔銃弾であった。


もう射程に入ってしまったのか。

ピュッ!

今度は脇腹と腕の間を通り過ぎていった。


危ない…。

良かった。相手もそこまで銃に馴れていないようだ。

それもそうか。銃に馴れている方が異常なのだ。


遮蔽物を上手く使い、狙いが定まらないように走った。距離は余計に縮められてしまうが、走力では勝ち目がないので、そこはあきらめた。


相手の姿がしっかりと目に入る。

同い年か少し年上といったところだろうか。


ピュッ!

うっ。容赦ないなぁ。

寸前のところで木の後ろに身を隠した。


よし、近くにこい。

さすがに近くなら命中させられる自信がある。銃の威力はこちらの方が圧倒的に上だ。

撃ちまくれば火力の差で勝てるはずだ。


静かにその時を待った。

耳を研ぎ澄ませ、相手の接近を探ろうとしたが、まったく足音が聞こえない。

止まっているのか?



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

――――


「アガサ、静かに。」

「ちょっと待って…はぁ…息を整えるから。」


パジャマの内側に手を突っ込み探っている。

「あった。」

「手りゅう弾持ってきてたの?」

「ああ。アガサはもう使ったみたいだね。敵はどうしたの?」

「やっつけてやったわよ。」

腕をまくって見せている。

最初の頃より自信がついたようだ。この状況でも頬が緩んでいる。

初めて見たときは常に歯を食いしばり、余裕が無いように見えたが、今は違う。


「さすが。じゃ、行くよ。」

手りゅう弾を投げた。

爆音が響き渡る中、2人は同時に動いていた。



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

―――



ドゴォォォォン!!


何だ?!

背をつけていた木からとてつもない衝撃が伝わってきた。

爆風が辺りにたちこめた。


しまった…。これでは…


ピュッ!


腹部と腕に鋭い痛みを感じた。

それがすぐ引いていく。それにつれて意識がぼんやりとしてくる。


ごめんなさい…

蓮藤さん……。






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