第36話

「蓮藤の方は始まったみたいだな。」

「だね。僕もそろそろ行くよ。」


「気を付けろよ、エディ。」

「分かってるよ。八雲も一応気を付けてね。」


白い髪の隙間から見える青い瞳が、前の男を見据えた。

端末を耳に当て、指示を出す。

「そろそろ配置について。奴は必ず来る。」

端末の電源を切る。


「場所はどこだ?」

「教えないよ。僕らだけで十分だ。八雲はドンと構えてればいい。」

「そうか。」

「じゃ、また。」


端末をポケットにしまい、ゆっくりとした足取りで出ていった。


小屋に一人残るその男は、無表情で下を向いている。

時計の音がカチカチとなっている。


時がきたのか、ふと顔を上げ、腕を高く上げた。

指と指を合わせ、


パチンッ!


たちまち小屋はバラバラにくずれ、そこにあったことさえ分からなくなった。木々が覆い被さるように小屋の破片の上に生えている。

その中央に男は立っている。


数分その場で立った状態で眼を瞑る。

男の表情は変わらず無表情のままだ。

ゆっくりと眼を開け、歩き出した。その歩調は淀みなく、一定のリズムを崩さない。


月明かりに真珠の耳飾りがキラキラと輝く。

それは暗い山の中で、一点の光となる。暗闇に消えそうになるが消えない。

周りを照らす程の明るさもないその光だが、決して消えることもないような、不変の力強さを感じる。


山を出たその男は歩を止めた。

遠くにある人工の光を見つめた。とても肉眼では見える距離ではなかったが、男は明りがつく街並みのさらに向こうを見ている。


ゆっくりと手を掲げ、

パチンッ!


男の姿が一瞬にして消える。

男がいた場所には、赤いコーンが数個転がっている。


____________________________________________




「おい!そこのもの!直ちに出てきなさい。不法侵入だぞ!」

警備員の怒声が響き渡る。


「友人たちが、海外から今日帰ってくるんですよ。」

飛行機の滑走路のど真ん中に悠然と立っている。

少し小柄だが、その立ち姿からは堂々とした気迫を感じる。


「今日は一般客の立ち入り禁止だ!というか、そこはそもそも立ち入っていい場所ではない!」


遠くから警備員が叫んでいる。が、男を取り押さえようと動く様子はない。


「警備員さん、静かにしてくださいよ。」


くっくっくっ

「いやいや、気の毒でねぇ。お仲間は来ねぇよ。」

急に警備員の口調が変化した。

「お前みたいな若造がそうだとはな!」



突如、空に低いエンジン音が鳴り響いた。

真っ黒に塗装されており、夜空に同化しているそれらが、だんだん姿を表す。


その機体には機関銃が取り付けられている。

照準は共通して、無防備にたたずむ男を捉えている。


「指一本動かすな!動いたら即、射殺する!」

上空から拡声器で増大された声が響き渡る。

「お前の能力のことは分かっている!」

「各国に散らばったお前の部下たちは既に捕らえられている!」


四方八方から男に向かって声を飛ばす。

「そのうちの一人がお前の能力について口を割った。呼び名はザ・シャッフル。指を鳴らすのをトリガーとし、あらゆる物体の位置を入れ換えることができる能力だ。」


照明が一斉に彼を照らした。

もはや指一つ動かすことができない。機体が徐々に下降し、標的を捕らえに行く。


「お前の計画は終わったんだ。もう余計なことはするなよ。」

声が穏やかになる。もう彼に抵抗の意志はないと踏んでいるようだ。




「くっ、ははははは!!」

空を見上げ、両手を広げた。

一瞬の静寂が訪れる。


「う、打てーーー!!!」

一斉に機関銃から弾丸が発射された。

無数の火花が暗闇を照らし、轟音が空気を震わせた。

機関銃は止まることを知らない。

男の能力の強力さ、汎用性の高さを知っている故、銃弾はいつまでも発射され続けた。


永遠に続くかと思われた銃声は徐々に勢いを失っていった。


ついに銃声が止んだ。


それを警備室から見ていた男は標的が蜂の巣になっているのを想像した。

火花で明るさに慣れた目が、次第に暗闇に適応してくる。

標的が立っていた所を見るが、

「いない……?」


代わりにあり得ないものを見る。

地面に真っ黒な残骸が散らばっていた。それは先ほど空を浮いていた機体に間違いない。


眼を凝らすとあちこちに人が倒れている。おそらく機体のパイロットたちであろう。身体の至るところが欠け、蜂の巣になっている。


「驚いたか?」


「ど、どうなって…お前は…、嘘…だろ?」

「落ち着けよ。俺はあんたを殺すつもりはない。」

「そういう意味じゃない!あそこからどうやって反撃したというのだ?!能力を使う隙はなかったはずだ!」


興奮と恐怖で顔色が紫になっている。

「まさか…まだ別の能力を…」

「あー違う違う。俺の能力はこれだけだよ。」

指を鳴らすと、椅子と机の位置が入れ換わった。


「嘘をつけ!それはあの状況じゃ発動する時間がなかったはずだ。」

「どうかな?」

種明かしをするマジシャンのように両手を開いて見せた。


ガタン


またもや机と椅子の位置が入れ換わった。

「今、どうやって?」

「お前らは俺の仲間に嘘を吹き込まれてただけだ。俺の能力に発動条件なんて存在しない。」


「は、はぁ?」

「ルーティーンみたいなものだ。指を鳴らした方が精度が多少上がるが、それだけだ。本来、指一本動かす必要はない。」


「そんなの…一体どうしろと?」

ゴトン

後ろ手に隠し持っていた拳銃を落とす。


「お前、他国の上と繋がっているんだろ?」

「あ、ああ。もはや隠してもしょうがない。」


「そいつらに伝えておけ。俺を捕らえたいのなら軍隊でも引き連れてこいってな。」


それだけだ言い残すと一瞬にして姿が消えた。


一人部屋に取り残させた男は、無力感に膝をついた。











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