第35話

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その男は金に困っていた。通帳を見て何度もため息をついている。

食パン1切れを腹に突っ込むと、上着を手に家を出た。


はあ~ くそ。

どうなってるんだ?


男の持つスマホの画面には

  このWEBサイトにはただいま接続できません

と出ている。


何回も更新ボタンを押すが、表示は変わらない。

Questersがなきゃ、俺の収入源がねぇってのに。この前の宗教家の護衛費しかもう残ってない。あの時、妙なやつに荒らされてから不運なことが続いている。


サイトに接続するのはあきらめ、別の仕事を探すことにした。

夜の街を歩いていると、いろいろな人が目に入る。


忙しそうに走るスーツの男、道端で酔いつぶれているおっさん、デート中のカップル、裏路地にたまる不良ども。


「ああ?なんだてめえ?今こっちみてたよなぁ?」

めんどくさいので無視した。それが気に障ったんであろう、づかづかと胸をはって近づいてきた。


「しかとすんじゃねぇよ。なめてんのか?」

「ケンちゃんかっこいい~」

後ろの女がへらへらと自分の彼氏をほめている。


しょうもないやつらだ。こういう輩はいつになっても存在する。どこにでもいる。

なんのとりえもない。ゴミのような奴らだ。


「何とか言えよ。ビビってんのか?」

「きゃはは、うけるんですけど~」


再び無視して歩いた。

「てめぇ!」

後ろから怒鳴り声が聞こえた。足音が近づいてくる。それは全く洗練されていない、どたどたと無駄に音を立てる走りであった。


少し後ろに跳び、振り向きざまに足を出してやった。


「っつ!」

手も付けず、顔面から地面に突っ込んだ。

「ケンちゃん?!」

「くそ!いてえ」


構わず歩き出した。

今後は後ろから走ってくる様子もなく、すんなり歩けた。


はあ。俺は何をしているんだ。あのころの俺は不良相手に足を出すことなんてしなかった。もっと余裕のある男だったはずだ。

毎日、用心棒の依頼を受けては体を張った。時にはやくざとやりあったこともあった。お互い血まみれになるまで殴り合って、警察が駆けつけてきたら全力で走った。

他にも追われることがたくさんあったが、自慢の足でいつも逃げ切った。

そして依頼達成したのなら、金がたんまり入る。


今思えば、理想の生活だったんだなぁ。

Questersが接続不可能になってから、一気に退屈になった。金も残り少ない。


他の奴らはどうしてるんかなぁ?俺みたいに仕事としてやっていた人たちは今何をやっているのか?


お、ここか。

3階建ての塗装がきっちりされている建物の前で立ち止まった。投資系の会社のオフィスであった。仕事上、客とトラブルになることもあり、用心棒を雇いたいとのことで求人が出ていた。


中に入ると、まさにもめごとの最中であった。

「そんな、話が違うじゃないですか?!」

高校生くらいの若者がここの社員と口論している。

「未成年にこの額の扱いはできないようになっているんです。」

社員のほうは若者の言うことを聞き入れる態度が全くなかった。あくまで正しいことを言っているのは自分だという物腰で話している。


「このサイトのどこに書いてあるんですか?」

「少し前にサイトを更新しました。まだ反映されていないようですね。それはサーバー会社に問題があるのであって、うちには何の責任もありませんよ。」


高圧的な態度をとり、言いくるめてしまおうという意図が見え見えだ。

だが、若者はそれに負けじと論理的に話そうとしている。

「嘘ですね。FXにおいて、そういう重要なことは取引する前にちゃんと言わなければいけないはず。これは詐欺ですよ。」


「では1度親を呼んでください。未成年では話になりません。」


若者はうつむいたまま動かない。

社員の顔に笑みが浮かぶ。


「どうしました?早く電話してください。そっちのほうがあなたにとっても都合がよいでしょう?」


やはり若者はうつむいたままだ。

「そうですよね~?お客さん、未成年なのに親の承認なしで口座を開設したのでしょう?いけませんね~。契約違反ですよ。」

「そ、それは」

「契約違反者の言うことを聞き入れるつもりはありません。どうぞお帰りください。口座は凍結しておきますから。」


一方的に話す社員が気に食わないので、少し話に突っかかってみた。

「その子,なんかしたんですか?」

「どちら様でしょうか?」

「用心棒として雇ってくれるんだろう?」

「ああそれでしたら、さっそくこのお客さんを追い出してもらえますか?」


若者は悔しそうに歯を食いしばっている。

「その前にどういう経緯でこうなったのか聞かせてください。」

「一発あてたんですよ。ものすごいのをね。ですがね~、未成年でしかも親の承認もないとなると、その金を渡すことはできないんですよ。」


「いくらなんですか?」

「4億です。」

「はぁ!?そんな大金をこの子が!?」

「驚きましたよ。恐ろしい強運の持ち主です。ですが、それとこれとは話が別です。金を渡すわけにはいきません。」



この時俺は一つのことしか考えていなかった。

「その金、今すぐおろしてくれないか?」

社員が信じられないといった顔でこちらを見てくる。

「何を言ってるんですか?」

「いや、だからよぉ」


瞬時に距離を詰め、胸倉をつかんでつるし上げた。

「お、おい!誰かぁ!」


上の階からどたどたと他の社員が降りてきた。

胸倉から手を放し、あごを打ち気絶させた。

すぐさま1番近いやつに蹴りをくらわせ、その流れで次々にダウンさせていく。


屈強な男が3人いる。

俺の動きを観察していた。その後、周りをぐるぐると動き回り、体力を削るように攻撃してきた。

それなりに戦闘慣れしてやがる。明らかにここの社員ではない。


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しばらくの間、お互いけん制しあう状態が続いていた。向こうは俺の体力切れを待って、確実にやるタイミングを見計らっている。


相手の一人が若者のほうに目をやった。

今だ。


「なんだ!こいつ!まだこんな動けるのか!? ぐふっ」

椅子が飛んできたが、紙一重でよける。

地面を思い切り踏みつけ、跳躍した。

顔面にかかとを打ち込み、2人目をダウンさせた。


「はぁ…はぁ…待ってくれ。能力持ちだったのなら謝る。俺を見逃してくれ。」

「何のことだ?」

「おかしいだろ。どう考えてもお前のその体力。能力持ちには手を出すなと言われているんだ。悪かったよ。」


何を言っている?能力持ち?

なぜか変に思い当たることがあった。ここでは言わないが。

「知らねえよ。」

「ひぃ!」

その男は一目散に逃げて行った。


追う必要もないだろう。


「あの、どういった人ですか?」

若者が疲れ切った顔で言った。


「ああ、悪いな巻き込んじまって。お前の得た金、おそらくあの金庫に入っている。こいつら、ただ金を持ち逃げしようとしただけだぞ。」

「そうなのか…。また騙されるところだった。」

「前にもあったのか?」

「はい。宗教の勧誘を受けたことがあって…」


うん?そういえば

「君、ファイナンシャルアカデミーとかいうやつにいたか?」

「え、はい。そこでも今みたいなことになって。」

「ああ…なんか悪いな。」

「え?」


「そんなことより、金庫の金いくら分けてくれるんだ?」

「えっと、その、やっぱりいいです。そんな大金。」


若者は金庫のほうを向き首を振った。

「全部持って行ってください。」


ピロリン

スマホの通知音が鳴った。

 Questersのメンテナンスが終わりました。ご迷惑をかけ、大変申し訳ございません

 でした。


あ、なおった。


「いや、俺もそんなにいらねぇや。」

金庫の中を確認すると、確かに大量の札束が入っている。


「とは言ってもどうしようか、このお金。」


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