第34話

「ラビリンス、お前は森には入るな。」

「え、なんでですか?」


風邪がゴウゴウと吹く中、2つの人影が鉄塔の頂上にあった。

大柄のほうは堂々と立っており、小柄なほうは腰が引けている。

双眼鏡を覗きながら、大柄なほうが言った。


「お前がやられれば、迷宮は解ける。サバイバルゲームの会場として使われているとはいえ、爆音が何回も鳴り響けば警察が来るかもしれない。お前の能力が発動していれば、その心配はなくなる。」

「警察なんてもはや怖くないじゃないですか。それに僕だって強くなりました。一人だけ安全地帯にいるなんてできません。」


少年の目は以前とは違い、はるかに自信を帯びている。


「安全地帯とは限らない。向こうにお前の能力はばれているんだ。警戒してくるはずだ。それに警察をなめないほうがいい。表ざたになって不利なのは、奴らよりも俺らだ。とにかく、迷宮の維持が最優先だ。」


「分かりました………。蓮藤さんがそう言うなら。」

「後は俺が追い詰めて皆殺しだ。」

「殺すんですか?」

「ああ。ま、向こうにその気が全くなかったら、ぶちのめすくらいにするかな。」

「余裕ですね。」


日が沈みかけている。太陽の光がぼんやりと西の空を赤くしている。

「俺たちは最終的にどこに行きつくんだろうな?」

その表情にはこれから戦う戦士の闘志も、獰猛さもない。ただどこか遠くを見ている。


「それを僕に聞かれても分からないですよ。そういえば、計画って何なんですか?」

「知らない。」

「え?」

理解できないと言った顔で次の言葉を待つ。


「知らないんだ。俺もエディさんも。ただ八雲さんの指示に従っている。」

「ど、どうして?僕たち下っ端は知らないとして、蓮藤さんやエディさんは知っておいたほうがいいんじゃないですか?」


ゆっくりと首を振って答えた。

「いいんだ。俺は八雲さんを信じている。それはエディさんも、他の国で動いている奴らも同じだ。」

「本当に…知らないんですか?」

「ああ。知らない。」


少年の心に久しく感じていなかった不安が戻ってきた。

「も、もし僕らは八雲さんに利用されているだけだったら…」


「だったら何だ?お前はもとの生活に戻りたいのか?またいじめられながら学校に通う生活に戻りたいのか?」

「………戻りたくないです。」

「それで十分だ。世界に歯向かう理由なんて、それで十分なんだよ。偉大な志なんて必要ない。壊したきゃ壊す。逃げたきゃ逃げる。それができない世界になんて従うものか。」


少年の中にはもう不安は存在しなかった。ただ目の前にいる男についていけば何とでもなる。適当だが、そう確信できる、そんな言い表せれないような勇気をこの男からもらっていた。


「それに、八雲さんが俺らを利用してるのはあり得ない。」

「なんでそう言い切れるんですか?」

疑問を投げかけたが、もう少年の顔に疑いの念はなかった。


「そうする理由がないからだ。やろうと思えばあの人一人でもその計画とやらはできるんだろうよ。」

「確かに、いつも余裕そうな顔をしてますもんね。逆に僕たちにアドバイスをしてくれることもあるし。」


「八雲さんの考えていることは俺らには理解が追いつかない。考えるだけ無駄ってもんだ。」


ビュウウと風が吹いた。

「うあ。」

少年の体が風にさらわれ、よろめく。

「っと。」

「は、ありがとうございます。」


「相変わらずどんくさいな。お前には護衛を付けておく。迷宮が解けたら暴れられなくなるからな。」

「そうですね……。自分の運動神経の無さを思い出しました。」


空が少し暗くなってきた。風邪がやむと、辺りは静寂に包まれた。

「嵐の前の静けさとはこのことだな。」

「もうそろそろですね。」


「相手はどんなんだろうなぁ?」

少年は男の表情に息をのんだ。

先ほどとは違い、その男からは闘志がにじみ出ていた。肉食獣が獲物を待ち伏せするときのような、静かな殺気が抑えきれずにあふれ出ている。


外で能力を発動しているだけでいいのは、今となっては良かったと少年が思うのであった。




_________________________________________________________________________________________________________________________________




「面白いことになってるね。」

「どこが面白いのよ?」

「いや、戦国時代みたいだからだよ。戦いで負けたほうが手を引く。分かりやすくていい。」

「そんなこと言ってる場合なの?Questersが勝てるとは思えないんだけど。」

「この武器の量なら火力で押し切ることもできるかもしれない。」


荷台から降ろされていく箱を指さしながら続けた。

「ほら、あれなんか一発でもかすれば致命傷間違いなしだ。」

「あまりはしゃがないでよ。姿が見えなくても声が聞こえちゃ意味ないでしょ。」


目の前をパジャマ姿の青年が通りすぎて行った。なんとなく一瞬こちらを向いたように見えたが、そのまま去って行った。


「もうそろそろここを離れよう。向こうの能力持ちで見えない敵を感知する奴もいるかもしれないしね。」

「そうね。あなたと手をつなぎ続けるのも気持ち悪いしね。」

「ひどいなぁ。」


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る