第30話
「そんなにアガサさんのことが気に入らないの?」
「ええ。凡人のくせにでしゃばっちゃって。頭がいいか知らないけど。」
「まあまあ。少しは懲りたと思うよ。あいつらは異常だからね。言っちゃ悪いけど、Questersが勝てるレベルの相手じゃない。」
ビスケットをつまみながら肩をすくめた。
「でも、それじゃダメなんでしょう?相討ちか、Questersが勝たないと世界は壊れるって。」
「さすがにそれは言い過ぎたけど、能力持ち集団が世界各地で暴れまわるとなると、相当な被害が出ると思うよ。」
「ふーん。」
上品に紅茶を飲む姿はどこかの国のお嬢様のようだ。
「そんな大規模な組織なら、私たちが関与する意味あるかしら?どうせ止められないんじゃないの?」
「そう大規模でもないんだ。奴らは少数精鋭だからね。確実に減らしていけばどうにかなるはずだ。ま、それは俺らじゃなくてQuestersの仕事だけど。」
残りのビスケットをすべて口に入れた。ザクザクという音とバターの香りがたまらない。
口の中がパサパサになったため、紅茶で口の中を潤わせた。
「鍵になるのは宇江城君だと思うな。」
「例の黒フードの?」
「そう。これは俺の直感なんだけど、彼の能力は特別なんだ。なんというか、直接世界に影響を及ぼすというか、彼個人にとどまる能力ではない気がするんだ。」
「もっと簡単に言えないの?」
なぎさの目が細くなった。不機嫌になるとする癖である。
「難しいことを簡単に言うのって難しいんだよ。つまり、俺やなぎさの能力は自身がトリガーとなっているだろう?」
「ええ、そりゃね。」
「宇江城君のは違って、トリガーは世界の方にある。彼はその引き金を自在に引くことがてきる。」
「彼の能力はどういうものなの?」
「現状で言えることは、不運を呼ぶってことかな。」
「なにその抽象的な能力?バナナの皮で滑って転んじゃうとか?」
「簡単に言うとそうだね。」
俺の答えが意外だったのか、なぎさは珍しく笑った。
「胡散臭い占い師みたいね。」
「確かに実際に見てみないとなんとも言えない。強い弱いとかの話じゃないと思うね。」
「ミステリアスで少しいいじゃない?」
「宇江城君は君のこと眼中にないよ。」
「はぁ?誰もそんなこと言ってないじゃない?!」
耳が赤くなっている。
「少なくともあんたよりはましよ!」
鞄を持って出ていってしまった。
大股で歩いていくのが窓から見える。
気の難しいお嬢さんだ。
「その言い方は少しひどいんじゃない?」
後ろの席から声をかけられた。ささやくような声だが不思議と鮮明に聞こえる。
「誰だ?」
こちらも背を向けたままささやくように言った。
「それは言う必要はない。見当がつくはずだ。」
過去の記憶の彼とは話し方が全然違った。
「宇江城君なのか?」
「そうだ。君が探していると知って、会いに来たのさ。」
どこから情報を手に入れたのか。なるべく秘密裏に動いていたはずだ。
「宇江城君は今何をやっているんだ?」
「何もしていない。彼らが勝手に僕に関与してくるだけさ。」
「いつからそうなんだ?」
「そう、とは?」
「能力が開花し、人格まで変わったのはいつからなんだ?」
「さあね。最初からかもしれないね。人間、心のなかでは何を考えているか分からないものさ。」
「これからどうするつもりなんだ?」
少し声が強くなってきてしまう。
「どうしようかな。僕はなんだか狙われているみたいだし、返り討ちにする策でも練ろうかな。」
「やはり奴らか。能力持ちを集めて何かたくらんでいる連中がいることはどう思う?」
「別になんとも。僕にはどうすることもできない。ただ自分に絡んで来る不良を撃退することしかできないよ。」
「俺らと似たようなものって?立場的には一緒かもしれない。でもその力は特別だ。」
「僕の能力のことかい?」
「そうだ。」
ふっ、と笑う声がした。
「君は能力というものをわかっていないね。僕も君も同じさ。」
「どういうことだ?」
……………
返事が帰ってこない。
後ろを振り向くと、誰も座っていなかった。
何の気配も感じさせずにこの場から消えてしまった。
背筋を冷たいものが這うような感覚がした。
短い間だったが、宇江城君と接触することができた。まったく実感が沸いてこないが、一つ目的が達成された。
そして彼が危険な思想を抱いていないことも十分分かった。
協力するまでは行かないが、少なくとも敵対することはないだろう。
いずれ奴らを止める鍵となるはずだ。
追加で頼んでいたシナモンパンケーキが到着した。
ナイフをいれるとサクッといい音がして食欲を刺激した。シナモンのいい香りがたまらず、切りきらずに口に運んだ。
中途半端に切れていた部分が口に運ぶ動作で完全に切れ、下にポトッと落ちてしまう。
運悪く机の上を転がり、床に落ちてしまった。
すぐに拾おうと手を動かすと、手に持っていたナイフがもう片方の手に触れてしまい、軽く切ってしまった。
痛てて…
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