第29話
「宇江城については、警察にも協力してもらって捜査している。もしかしたらなんらかの事件に巻き込まれている可能性もある。間違っても探そうなんて思わないように。」
クラスがざわつく中、岩木は静かであった。前から宇江城のことを知っている彼は特に心配していなかった。
「岩ちゃん、あれから宇江城君について何か調べた?」
「いや、何も。探偵ごっこはあまり好きじゃないんだ。」
「ふーん。まあ調べたところで、俺らじゃ何もわからないけど。」
それよりも彼はあることに熱中していた。授業中、先生に気付かれないようにスマホを出してはその動きを見ていた。スマホにはドルと円のレートが映し出されていて、絶えず小刻みに変動していた。
彼はそれをこまめにチェックしては、ノートにメモをしていた。
彼が買った本「為替の魔術師」によると、実際のドルの動きを絶えずチェックして、感覚を養うことがFXにおいて何よりも大事なことらしい。
メモしたものをその本に載っている参考例と比べながら、熱心にまたメモを取った。
その成果があってか、もともと才能があったのか、だんだん予測が立てられるようになってきた。実際に金を入れていれば、大儲けできたタイミングもあった。
実際、そううまくはいかないのだが、いわゆる’感覚’というものが備わってきた気がした。
「岩ちゃん。これ。」
隣の女子が紙を渡してきた。
一瞬、何のことか分からなかったが、すぐ思い出した。
「うまく書けてるか自信ないけど。」
その女子_福田さんは照れながら言った。
福田さんとは音ゲーの話でもりあがって、今では少し話す仲になった。
アイドル系の音ゲーに女子がはまるのは珍しく、はじめて気が合う女子に出会ったのであった。そのゲームのキャラの絵を描こうという話になり、お互い好きなキャラの絵を描いて交換しようということになったのだ。
もらった紙を開けると、今回のガチャイベント限定の衣装を着たキャラの絵が描かれていた。
絵を描こうと言い出すだけあって、かなりうまかった。線が細く、丁寧に色付けしてあった。紙をたたんでしまおうとすると、裏にも何か書いてあった。
今まであまりしゃべったことなかったけど、これをきっかけに話せるようになって良かった。( ´∀` )
軽いラブレターだ。
こういうものはもらったことが無かったため、少しドキッとしたが、それだけだった。
偉そうなことだが、今は構ってられないんだ。
俺は今、人生の転機に立っている。
手元のスマホをチラ見した。
円の価値が上がっていた。これは先ほど立てた予測通りの結果である。
よし。だんだんつかめてきた。
帰りのSTが終わると、福田さんが話しかけてきた。
「この後時間ある?いっしょに…」
「今日は用事があるんだ。」
時計を見るふりをして、そそくさと教室を出た。
駅から少し離れたところにある本屋に入った。
投資コーナーにあるFXの本を適当に手に取った。内容はどれも同じようなもののため、いろいろな本を読めば復習になる。ここに本屋は行きつけになっており、何回も来ては、読んでいるので、あらかた頭に入っていた。
あとは実践のみだ。
流し読みした後、本を棚に戻した。代わりに「誰でもわかる賢い貯金の仕方」を手に取りレジに向かった。
「1400円になりまーす。」
少々高いが、必要な出費なので我慢する。
本屋を出て駅に向かうと、福田さんの姿が目に入った。女子と楽しそうに話しながら、電車に乗って行った。
よくわからないが、少し気分が悪くなった。自動販売機で缶コーンポタージュを買い、ベンチに座ってちびちび飲んだ。
季節外れだが、飲むと妙に気分が落ち着いた。良い香りに鼻を満たされながら、ベンチに腰をかけてくつろぐ時間は、時間の流れを忘れさせてくれて少し幸せであった。
最後の一口を飲んだが、缶の底にはまだまだコーンが残っていた。
底を叩いて落とそうとするが、なかなか落ちない。
許しておくれ。
コーンが少し残ったまま、ゴミ箱に入れた。ゴミがあまり入っていないのか、コーンポタージュの缶はゴミ箱の中でカランコロンといい音を立てた。
さて、帰るか。
いつもは帰ることに何も感じないが、今日は違った。
いよいよ実践する時が来たからだ。自分の部屋にあるパソコンで口座を開設していた。未成年でも親の承認がいらず、FXができるというサイトで開設したのであった。もちろん親には内緒である。
そのサイト自体のことも入念に調べ、特に危険ではいと判断したので、決心したのであった。危険な可能性もあるが、今やるにはこれしかなかった。
家に付き、自分の部屋に入ると、机には描きかけの絵が置いてあった。
あー、忘れてた。
しょうがない。この絵を完成させてからやるか。
椅子に座り、スマホでキャラの画像を見ながら模写を始めた。
その後ろ姿はごく普通の高校生だが、彼がこれからやることが、水面下で大きな波を起こしていくのであった。
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