第27話

破壊の音がすぐそばで聞こえている。

目の前の光景に言葉を失った。


「やめ、やめてくれ!!僕の邪魔をするなーー!」

その声はさっきよりも増して動揺しており、ほとんど泣きわめいていた。

それでもその男は止まらなかった。

腕を振りかぶり、地面にたたき込む。


ドゴォォォォン!!!

立っていられないほどの衝撃が走った。その男がこれまでの衝撃の中心地であった。およそ人間とは思えないほどの膂力を持っているのは明らかだ。


「お前が能力を解除すれば済む話なんだ。さっさと解除しろ。」

「い、いやだーー!!」

「俺らはお前をどうにかしようってわけじゃないんだ。ここはおとなしく俺の言うことを聞いとけ。あの人だったらどうなるか分からないぞ。」


ぐらぐらと建物が揺れていた。おそらく能力の限界が来ているのだろう。あの男によって、崩壊寸前のようだ。


「お前のこの能力、使いこなせばかなりのもんだと思う。俺についてこれば使い方をおしえてやるよ。」

「ほんとに、僕に何かする気はないんだな…?」

その声からは反抗心がなくなっていた。力の差を思い知り、戦意喪失していた。


「ああ。誓う。」

「分かったよ……。」


辺りが光に包まれた。

体の感覚が不安定になるが、すぐに戻った。


気づけばそこは学校の屋上であった。

前方にはあの少年と男がいた。


「お前、名前は?」

「倉井……です。」

「今日でその名前は捨てろ。お前の名前はラビリンスだ。」

「迷宮…ですか?」

「ぴったりだろう?これからはそう名乗れ。それがお前の自信にもなるはずだ。」

「は、はい。」

少年の顔は晴れ晴れとしていた。


「で、そこにいるお前は何者だ?」

男がこちらを向いた。

正面から見ると、改めてその男の肉体の強靭さが見て取れる。高身長に隙が無いほど筋肉が詰め込まれている。見た目はそれほどごつくないが、その筋力は尋常ではないのだろう。

だが、先ほどの破壊は筋力で説明のつくレベルではなかった。この男も能力持ちであるに違いない。


「何黙っている?質問に答えろ。」

危険が目の前に立っているのに不思議と頭はさえていた。

「別に、偶然目が覚めただけよ。」

男が訝しに少年のほうを見た。


「僕はこの人については何も知らないです。顔も知らない……」

「それはおかしくないか?この学校の生徒だったら顔は知っているはずだ。外部からの侵入者の可能性がある。」


少年が恥ずかしそうにうつむいた。

「そ、その、僕、女子と全然しゃべれなくて……ほとんど女子のこと知らないんです。」


場が白けた。


「もういいでしょ?私、塾があるから。」

「……………」


その場を立ち去ろうとするが、意外に、睨まれただけで止められなかった。次はないぞと脅されているような気がしたが。


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ふう。

一時はどうなるかと思われたが、とりあえず危険は去った。命が危なかったかもしれないのに、今ではこうしてカフェでコーヒーを飲んでいる。異常な事態なのに、他の人は日常を満喫している。学校にいた生徒だって誰一人何が起こっていたのか、まったく気づいていない。


とりあえずこのことは報告したほうがよさそうね。それに協力者も欲しい。

さすがにもう一人でどうこうできるレベルではない。

あの破壊男は誰かの下にいる。俺らと言っていたから組織で動いているのは間違いないはずだ。そしておそらくその組織を私たちは敵に回している。

あいつ_インヴィジブルもそのようなことを言っていた。


スマホは連絡するのに十分なバッテリーが残っていないため、直接本部に向かうことにした。そのほうが今後の作戦も考えやすいだろうし。

って、私は何のためにこの依頼をやっているんだっけ?

金がたくさん入るのは確かだけど、命を懸けてまでやるものなのか。

はじめはスリルがあって、やりがいがありそうと思っていたけど、あんな能力持ちばっか相手にしていたら嫌になってくる。

もう少しフェアにならないかしら。


コーヒーを飲み干し、カフェを後にした。



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「ふーん。彼女がアガサか。」

白い髪に青い眼をした青年が一人、静かにつぶやいた。


「警戒するまでもないかな。それよりもほっとけないのはやっぱり…」


ブラックコーヒーにその姿を思い浮かべながら、ぐいと一気に飲み干した。


「もしもし蓮藤君ー。そっちはどうだった?」

「一応、成功しましたよ。」

「おっけ。他のほうも達成したらしいし、ひとまずひと段落ってことで。」

「へい。」



「お待たせしましたー。コーヒーのおかわりです。」

「あれ?頼んでませんけど。」

「す、すいません。もう一度確認してきます。」

新入りなのか、動揺が激しかった。

コーヒーをお盆に戻そうと手を伸ばすが、手を滑らしてしまい、カップが倒れる。

黒い液体が机に広がり、机の外にも飛び出た。


「すいません!お服が、」

「いえいえ大丈夫ですよ。」

何事もなかったかのように立ち上がり、会計を済ませに、すたすたと歩いて行った。


コーヒーがこぼれたはずの服には、一切のシミがついてなかった。




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