第26話

「がぁあああ!」

腕を引っ張りまわされ、壁に叩きつけられた。

胸に鈍い痛みが走り、一瞬呼吸ができなくなる。

手が離された隙に逃げようとしたが、もう一人が許さなかった。

理性が吹き飛んでいるようだが、アガサのフェイントにも難なく対応し、逃げ道を塞いだ。


「あなたたち、気は確かなの?」

もはや言葉が通じるはずもなく、容赦なく拳を突き出してきた。


間一髪でそれをかわし、あごに掌底を打ち込んだ。

ふらりとしたかと思うと、何事もなく立ち上がった。


「ぐるあぁぁぁ!」

っ!

背中にすさまじい衝撃が走った。受け身をとる間もなく、勢いのまま吹っ飛ばされた。


息が苦しい…。

奴らは正気に戻る様子もなく、とどめを刺そうと近寄ってくる。


これはもう…無理かな。


「待った!」

突然どこからともなく声が聞こえてきた。

その声に反応して奴らは糸が切れた人形のように動きを止めた。


「偶然目を覚ましちゃったのかな?危害を加えるつもりはないんだ。そこの出口から出てってくれるかな?」

すると、さっきまで壁だったところに扉が出てきた。

この声はさっき聞いたものだった。ここが迷路だといったあの声だった。


「どうしたの?早く出てってよ。」

「あなたの………あなたの目的は何なの?それくらい教えてくれたっていいでしょ?」

「君の目の前にいるのがそうだよ。」  あっさりと言った。


こうしている間にもやつらの顔色がみるみる悪くなっていってる。

「彼らに何をしたの?」

「迷路のプレイヤーになってもらった。スリルを感じてもらうために、少々恐怖心を刺激しているけどね。」

「少々どころじゃないじゃない?!」


「…君は何がしたいの?僕が逃がしてやるって言ってるんだよ?早くそこから出ていきなよ?」

「冗談じゃない!どいつもこいつも私をなめて!助けが必要なのはどっちよ!?」

「僕は助けなんて必要ない。この力があれば誰だって閉じ込めることができるんだ。」

声に動揺が含まれている。


「あなた程度になにができるのよ?せいぜい学校に閉じこもることぐらいじゃない?」

「黙れ!!………はぁ、お、お前に僕の何が分かる!?」

扉が消え、再び壁が表れた。


「分からないわよ。ただ、あなたの動揺ぶりから、追い詰められているのはわかるわ。私以外にいるんでしょう?迷路に乗り込んできた異端者が。」


「くっ、後悔することだな!」

声が聞こえなくなると、再び奴らが動き出した。

しかし、こちらに襲いかかることなく、地面に倒れ伏した。

片方は頭から血が流れ、もう片方は両ひざに風穴が空いている。


「どうして俺らがいるってわかったの?」

何もない空間から声が聞こえてきた。

だんだん空間への擬態がゆがんできて、人の形が見て取れるようになった。


「やあ、アガサさん。」

予想通りの人物であった。そしてその隣の人物もアガサが調べていた人物だった。


「ちょっと!ここで姿を見せたら」

「もういいよ。アガサさんはすでに俺の能力の見当がついているはずだ。」


相変わらず気に障る話し方だ。

「あなたもやはりそうなのね。」

「ああ、そうだよ。この際だからはっきり言っておこう。俺の能力はインヴィジブル。姿を自在に消すことができる。俺が触れている人間もこの効果を適用することができる。」


「隣の彼女は?なぎささんでしたっけ?」

名前を出した途端、睨んできた。

「そこまでは言えない。」


「相変わらずむかつくわね、あんた。」

「俺のことはインヴィジブルって呼んでくれ。そのほうがかっこいいだろう?」

陽気な話し方に変わった。話をはぐらかそうとしている。


「今まで私のことをどう思ってきたの?」

「はい?それは恋愛的なことかな?」

「あなたはいつも何かを隠していて、常に私の1枚上手だった。本当は私のことなんて馬鹿なやつとでも思っていたんでしょ?」


今までに感じてきた不満、劣等感が爆発した。


「答えなさい!!私のことを内心馬鹿にしてきたんでしょ!?」

半分叫んでいた。


「動かないで。」

なぎさがこちらに手を向けてきた。まるで銃で脅しているかのようだ。


「なぎさ、それはまずい。」

「ここで殺してしまえば問題ないでしょう?」

眼が本気だ。どうしてここまで敵意を向けられているのか。


「なぎささんの能力は手から何かを打ち出すのね。さっきその能力で膝に風穴を開けた。」

なぎさの顔が引きつる。


「やっぱり…。さっきの質問に答えるけど、俺は君のことを侮ったことは一度もない。これは事実だ。現に今も、君は恐ろしく早く冷静さをとり戻している。」

「どうだかね。あなたの言葉は信用しない。それよりもう一つ答えてくれないかしら?」


彼の目が真剣みを帯びた。

「なぜここにいるの?」

「詳しいことは言えないが、俺は君たちQuesters側でも、あいつら側でもない。ただ、利用されそうになっている者を助けるために動いている。」


「あいつらって?」

「すぐにわかるさ。今言った通り、俺は君たちの仲間でも敵でもない。基本的にはね。でも、君たち_Questersが奴らに対抗するために度を過ぎたことをするなら、俺らは敵になる。」


ズン!

突如、地面が揺れた。パラパラと振動で天井から粉が降ってきた。


「噂をすればってやつね。」

なぎさが天井を眺めながらつぶやいた。


ズン!


窓にひびが入り、空間がぐらぐらと揺れだした。

「どえらいのが来ているみたいだから、俺らは先に失礼するよ。」

彼らの姿が消えた。


状況がよく理解できないが、もはや後戻りできないところまで来ているのはわかった。

足元に倒れている奴らは一応息があるようだが、この際見捨てるのが先決だろう。


衝撃の中心地に向かって階段を駆け上った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る