第23話

アガサは下校途中の生徒に声をかけ、彼について尋ねてみた。


「私、ほとんど知らないんだ。この間転校してきたってことぐらいかな、分かることは。」

「そ、ありがとう。」

怪訝な目で見られたが、いちいち気にするほどアガサの心は繊細ではない。


やはり簡単に尻尾は掴ませてくれないか。

もう一人、彼の横にいた女子について調べてみるか。


他の生徒たちにも声をかけ、彼女についていろいろ聞いてみた。うちの制服を着た怪しいやつがいた、と学校で噂されそうだが、やはり気にしている場合ではない。


だんだん彼女について分かってきた。

名前は早川渚(はやかわなぎさ)というらしい。少し性格に癖があるそうだが、特に嫌われているとかマイナスなことは誰も言わなかった。逆に好かれている様子もない。

なんとも言えない情報だが、無いよりはましなはずだ。

だが、彼女もまた能力持ちであるかと思うと、もっと情報を集めないと太刀打ちできる気がしない。


とりあえず調査を一区切りし、一旦引こうと思った時、下校する生徒とは反対方向に歩く制服を着た少年が目に入った。

手が小刻みに震えていて、黒っぽい、すすのようなものが手についていた。足どりがしっかりしているのが逆に不自然に感じる。

この時間帯に学校に向かうのはおかしい。

制服を見る限り、ここの生徒であることは間違いないはずだ。


胸騒ぎがした。彼が学校に入っていく姿を見て、何か重要なことを見逃してしまうような、言い表せない予感がした。

本来の目的を置いておき、彼の観察をすることにした。


…待って。

そもそも今回の依頼の調査対象はこの学校だったわ。それは転校してきた生徒まで考慮されているのだろうか。あいつはこの間転校してきたと言っていた。

もし考慮されておらず、もとからこの学校にも能力持ちという存在がいたのなら…あるいは、そうなる可能性のある者がいたなら…

私の本来の目的は彼らではなく…


急いで学校に足を踏み入れた。もしかしたら重大な手がかりを掴めるチャンスかもしれない。

かなりの生徒が下校しているが、まだ少し校舎に残っていた。上手く紛れることができるかもしれない。まあ、そんなこと言ってる場合ではなくなる可能性もあるが。


さっきの少年の後ろ姿をとらえ、少し離れたところから見ていた。

教室に入って行ったとたん、また柄の悪い奴らに絡まれていた。


呼び出されたのか?逆らえなくてまた学校に来るはめになったとか?


いや、違う。とてもそんな風には見えなかった。それにさっき見た彼の表情はどこか自信に満ちていた。


廊下をゆっくり歩き、耳に意識を集中した。

生徒が少なく、静かだったので十分会話を聞き取ることができた。


「暗いくーん、今日体調悪いんだってー?」

「お前なんかが偉そうに欠席か?」

「まあいいってことよ。」

「今いるってことは風邪はもう治ったんだろ?遊びに行こうぜ。」

「おお?1000円ガチャリベンジかぁ?」


「ふっ。」


「今お前、笑ったのか?」


「いやいや、面白くってね。」


「あぁ?てめえなめてんのか?」


笑みを崩すことなく、当たり前のように言い放った。

「ああ、なめてるよ。」


「ってめえ!一回本気で痛い目みないと分からないみてぇだな?」


「君たちこそ分かった方がいい。」

彼の目から光が消えた。

黒く汚れた手を頭上に掲げ、示すようにした。


「ここはもう、迷路の中だ。」



プツ

視界が暗転した。体のバランス感覚がでたらめになり、自分が今立っているのかどうかさえ分からない。


何が起きて…


アガサの意識は暗闇に落ちていった。



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僕の迷路へようこそ。





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