第22話

チリリリッ チリリリッ

目覚まし音が鳴ったが、起き上がる気力がなく、そのまま聞き流した。


はぁ。学校に行きたくない。

天井に描かれた迷路を見ながら、ため息をついた。


黒い線を目で追っていると、自然と頭がはっきりしてくる。同時に嫌なことまではっきりと思い出された。

はぁ~。今日はちょっと…体調が悪い。そうだ、ちょっと頭もいたいし、鼻水も出る。風邪に違いない。そう思い込みたかった。

 

アラームを止めて、少し迷った後、学校の電話番号を入力した。


「こほっこほ…、3年3組の倉井準太です。今日ちょっと風邪気味で、その、熱もあるので欠席させてもらいます。」


ふう。何気に初めて仮病で…いや、ちょっとした風邪で欠席の電話をした。

案外簡単に学校を休めたことで、心に少し余裕ができ、逃げることは簡単なんだと知った。

しばらくの間、ベッドに転がりながら自分が作った作品たちを眺めた。自分に害を及ぼすものが何一つない空間で時間を気にすることなく、のんびりできる。

彼にとってこれは何よりも心を落ち着かせることであった。


しかし、ふと不安が頭に湧いてきた。

このままでいいんだろうか。部屋の端に寄せられた教科書類を見て、将来への不安が静かに押し寄せてきた。

学校ではいじめられ、勉強もできない底辺になってしまっていることに今までまるで現実感を感じていなかったが、冷静に考えるとかなりまずい状況であった。

かといって、勉強する気にも全くならない。


どうしようかな。

発作的に鉛筆に手が伸びそうになったが、何とかこらえた。ここで迷路に逃げてしまえば、一生この癖は治らないだろう。

このままではいけない。何か、勉強以外にあるはずだ。もっと効率的に、かつ楽に生きていく方法が。


ネットでそれらしいことをいろいろ検索すると、あるセミナー宣伝が目に入った。

黄色い背景に派手な文字で

「ファイナンシャルアカデミー第2弾」と書かれている。


ふぁいなんしゃるアカデミー?なんだそれ?

お金にまつわるあれこれ教えちゃいますと言っている。胡散臭さの塊であったが、それゆえ、多少法に触れることでも楽して金を稼げる方法を教えてくれるのでは、という期待が胸に浮かんだ。

開催場所を見ると、そう遠くでもなかった。偶然なことに、日時もちょうど今日であった。


今日は学校も休んじゃったし、行ってみようかな。もし危なそうだったら逃げればいいし。携帯もちゃんと持っていこう。

軽く身なりを整え家を出た。今出ていくと、登校中の生徒に見られてしまう可能性があったが、セミナーの開始時間が9時と以外と早かったので、出ざるを得ない。


家を出て数分歩き、人通りの少ない路地に入ると、前から歩いてくる男性と目が合った。白い髪に青い眼をしている。このひっそりとした場所には合っていない、どこか現実離れした雰囲気が漂っている。

そのまますれ違うかと思われたが、


「やあ。偶然だね。」

「え?」

「今日は学校に行かないのかい?」

「ちょ、えっと…?どちらさまでしょうか?」

「ああ、ごめん。エディっていうんだ。」

「エディ?」

「そう。そんなことより今からどこへ行くの?」

「ちょっと用事で…。」

目の前の男_エディというらしい_は僕のことを知っているかのように話してきた。

少しの間の後、納得したように小さくうなづいた。


「君なりに考えているわけね。」

「…何のことでしょう?」

「人はいつか変わらなければならない。じゃなきゃ一生そのままだってね。僕のボスが言ってたよ。」

エディの青く透き通った目は僕の心まで透かしているような気がした。

自然と足が一歩前に出た。


「あ、あなたは…?」

「大したものではないよ。君と同じだよ。」

エディも一歩踏み出し、2人の距離は手の長さまで縮まった。初対面にもかかわらず、もうこの2人の間には警戒心というものがなかった。


「ぼ、僕は。」

「いいや。」

小麦色でスラリとした腕を前に掲げ、少年の胸を指さした。


「君なら変われる。」


頭の中で鎖が千切れるような音がした。

少年は、はじかれたように振り返り、もと来た道を駆け出して行った。


それを後ろから見守るエディの顔には、穏やかとも何かを企んでいるともとれる、不気味な笑みがあった。



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