第20話

キーンコーンカーンコーン


放課後のチャイムが鳴った。

「やっと土日かぁ~。」

「最近1週間が長く感じるよな?」

「それな。」


教室では放課後を表すチャイムの音に歓喜するものもいれば、そうでないものもいる。席を立たず、自分の机で縮こまっている少年がいた。

「暗いく~ん。今日も一緒に遊ぼうぜ~。」

「僕、今日塾があって…。」

「嘘つけ。お前塾行ってないだろ。」

少年の顔が青くなる。

「こ、この前、入ったんだ。無理やり親に…」

「嘘は良くねぇよ暗いく~ん。」 

肩に手を回され、強引に連れていかれた。

少年の名は倉井 準太(くらい じゅんた)。学校に必ず1人はいる、いじめられっ子体質であった。

まだ教室には半数の生徒が残っているが、この光景に口を出す者はいない。柄の悪い2人組が気が弱そうな人に絡んでいるのを見れば、大抵の人がいじめだと思うだろうが、この教室に至っては誰も反応しない。

この2人組が特別権力を持っている、いわゆる1軍というやつでもない。まさにその逆であった。彼らは誰にも相手にされない。いじめている、いじめられているなどは関係なく、誰も関わろうとはしない。

ここは極端な進学校であり、勉強ができないやつは自然と地位が下落し、底辺になってしまうのである。

この2人組は勉強ができないだけでなく、素行も悪い、この学校において最底辺の人間であった。

そして彼らにいじめられている少年もまた、勉強ができなかったのである。


「さあ~。次はいいの頼むよ~。」

「も、もうお金が無くなっちゃうよ。」

「当たり前だろ?その覚悟がなきゃ、1000円ガチャは攻略できねぇよ。」

「で、でも、これは僕のお金だし。」

「いいだろ。お前の家は裕福なんだろ?」

睨むような目つきで2人が見てくる。蛇ににらまれたカエルのように、彼は何も言えなくなってしまう。ここで反論できるほど、彼のメンタルは強くなく、体も貧相でとても2人相手に勝ち目はなかった。


「ああ~、くそ!またこれかよ。」

「今日はついてないな。またやろうぜ~。」

「そうだな、暗いくん?」

「ぼ、僕はもう…ぶっ」

拳が腹にめり込んだ。胃液が逆流してくるのを何とか耐え、その場にうずくまった。

「じゃ、また今度な。」

「今度は今日の倍くらい持ってきてくれよ。」


けらけらと笑う声が遠ざかっていく。完全に行ってしまうのを確認すると、ふらふらと立ち上がった。幸い、周りに誰もいなかったので、周りの目を気にする必要はなかった。気の良い人は大丈夫かと声をかけてくれることもあったが、それが逆にきつかった。

腹の痛みが引かず、帰り道何度も吐きそうになった。


古びたアパートの階段を弱弱しい脚どりで登っていく。

「ただいま…。」

彼の声は誰に向かって発せられたわけでもなく、虚しく消えていくだけだった。


机の上にラップがかかった、冷めきった夕飯が置いてあるだけで、一切の温かみが無い。

彼はすぐに自分の部屋に入ると、鍵を閉めた。この家には鍵を閉める必要性が無いのだが、彼は毎回鍵を閉めるようにしていた。


そして、鉛筆と紙を用意すると、狂ったように線を描き始めた。

力強くがりがりと音をたてながら、必死に鉛筆を動かしている。


「閉じ込めろ……閉じ込めろ…閉じ込めろ閉じ込めろ閉じ込めろ閉じ込めろ閉じ込めろ閉じ込めろ閉じ込めろ閉じ込めろ閉じ込めろ閉じ込めろ閉じ込めろ閉じ込めろ。」


呪文のように同じ言葉を連呼している。鉛筆を動かすスピードも加速し続け、狂気じみた速度に達していた。傍から見れば、薬物依存者にしか見えないくらいに尋常なさが表れていた。


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やがて彼の手がピタっと止まった。鉛筆を手放し、コロコロという音が静寂を際立たせた。


「…ふぅ。いい感じだ。」


黒い線がびっしりと書かれた紙を掲げ、満足気にうなづいた。額には汗がにじんでいる。

遠くから見れば、真っ黒にしか見えないその紙には、ある規則性があった。


入口と出口があることだ。その間には無数の線が引かれており、単純に出口にたどり着くことはできない。


彼が書いたのは迷路であった。


「あいつらだって、この迷路に迷い込んでしまえば、一生出られないんだ。……ふ、ふふふ。」


彼なりのストレス発散方法とでもいうべきか、彼は小さいころから嫌なこと、逃げ出したことがあると、部屋にこもり、迷路を描き続けるのであった。

迷路の完成度は日に日に上がってきており、今になっては、超難関迷路の制作ができ、その分この癖もエスカレートしている。が、これが彼の勉強ができない理由であり、今いじめられている原因ともいえるのである。

皮肉なことであったが、彼のほうはと言えば、迷路に依存しきっている。


ゆえに彼もまた、普通ではなくなるのであった。



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