第10話

ステーキの香ばしい匂いが鼻を刺激した。

ナイフで丁寧に切り分け、フォークで口に運んだ。噛む度に肉汁が口に広がる。

ちょうど良い焼き加減だ。

「うまい…。」

「呑気ね。それに、その肉高いでしょ?食い逃げなんてしないでよ。あなたの能力、そういうことに特化してるんだから。透明人間君。」


軽く聞き流すと残りの一切れを口に入れた。

まだコーンが残っているが、ステーキを食べた後だと進んで食べる気にはならない。


「そんなことより、君も協力してくれるんだろう?」

「さあね。それより君って呼び方やめて。」

「じゃあなんて呼べばいいかな。ハヤカワナギサさん?」

「ナギサちゃんとでも呼べば?」

「遠慮しとくよ…。」


ステーキ屋「ブランドビリー」で一緒に食事する彼らは第三者から見れば、ただのカップルにしか見えない。

しかし、彼らが集まった理由は到底、’普通’の人には理解できるものではなかった。


「なぁ。協力してくれよ。君の能力は…」

「ちょっと!私の能力を勝手に話さないで。」

「誰かが聞いてるかもしれないって?君だってさっき俺のこと透明人間って言ったじゃないか。」

「それはそれよ。」

なんだかなぁ…。わがままっていうか、どこぞのお嬢様みたいだなぁ。

「私これからお友達と遊ぶの。こんなしけた男といっしょのとこ見られたくないわ。」

「はいはい。でも考えといてくれよ。ずっとこの日常が続くわけないんだから。」


「そう。心配性ね、あなたは。」

彼女はそう言って、一万円札を置いて出ていった。

相変わらず金持ってるな。友達と遊ぶって言ってたけど、半分金目当てにされているんじゃないのか?

心配するわけではないが、いい気分はしない。唯一自分の能力のことを隠さずにいられる、奇妙な仲間意識があった。


おつりをそのまま財布につめ、ブランドビリーを出た。

この辺りに黒フードの手がかりはなかった。

行く宛は特にないため、適当に電車に乗った。

考えても彼がどこにいるかなんて分かるはずもない。とにかく近くにはいそうにない。

少し遠くに行くか。


電車を何回か乗り換え、気が向いたところで降りた。時間はそんなに経っていなかった。

駅を出てすぐにコンビニがあったので、特に用はないが入った。


うまそう…。さっきステーキを食べたばっかだが、レジ横に並ぶファーストフード群を見ると、よだれが出てきた。

新しく登場した「ジューシー若鶏」かアメリカンドックか迷う。

意を決してアメリカンドッグを買おうとしたとき、

一人の若者が入ってきた。

一瞬目が合う。

学校で見たことある顔だったためすぐに目をそらした。

今俺は家庭の事情で遠いところに一時的に引っ越している設定なので、ばれるとまずい。


出しかけた財布を引っ込め、早足で外に出た。外に出て気づいたが、今日は平日だ。

さっきの人も学校に行ってないことになる。

そんなに焦る必要はなかったかもな。

立場は同じだし。


少し離れたところでコンビニの入り口を見ていると、さっきの知った顔が出てきた。


なんとも印象のない顔だな。

肌が白く、少しポッチャリしている。

運動が苦手なのがなんとなく伝わってきた。


何も関係なさそうだな。

行ってしまうのを確認した後、もう一回アメリカンドックを買いにコンビニに向かった。









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