第9話
後頭部に鈍い痛みを感じた。
だんだん意識がはっきりしてくると、すぐに起き上がった。
何が…
男が倒れていたところだけうっすらと明るい。天井に空いた穴から夕陽の赤色が見えている。
その穴を見て男は瞬時に状況を把握した。
あの黒いやつは何者だったんだ。
男は屋上にいた謎の人物にやられて(おそらく)、気を失っていたのであった。
思い出すだけでも身震いした。得体の知れない。それがあれを見た第一印象であった。その直後、足元が崩れ、落下した際に頭を打ちつけ、気絶した。
それがやつの能力によるものかは判断がつかないが、彼はほとんど確信していた。
奴は本物だ…。俺みたいな常人とはかけ離れた存在だ。
この件は手を引くか。また奴に出くわすことがあれば、次は無事でいられる自信がない。
下の階へ降りていくと、彼と同じように床に伸びている人ばっかだった。
彼はその人たちのことをよく知らない。今回の仕事でたまたま一緒になっただけの関係しかない。
やはり奴に対抗できる者はいなかったか。それなりに経験を積んできた者たちばかりだったが、彼らにも未知だったんだろう。
外に出ると遠くからパトカーのサイレンの音が聞こえた。
まずい。もう嗅ぎつけたのか。
すぐにここを離れたほうがよさそうだ。
足には自信があった。特に長距離。生まれつき、持久力というものが何なのか分からなかった。走って疲れるという感覚がなかった。水分さえあれば、半永久的に走れる気がした。
勢いよく走りだした直後、
「うお!?」
「え、」
そのまま突き飛ばす形で人とぶつかった。
こんなところに人が…
「チッ!今日はとことんついてないな。」
目の前の人物を観察した。高校生くらいか。背はそこそこあるが、顔にはまだ幼さが残っている。
「何ですか…?」
「いや、見られたからにはってやつだ。」
この高校生が俺に害を及ぼすとは思えないが、念のためここに俺がいたことは固く口留めしておいたほうが良いだろう。
高校生は今にも逃げ出しそうだった。人がいるところに行かれると面倒だ。
とりあえずとらえるか。
俺が走ると、高校生はまっしぐらに逃げて行った。
そんなに逃げることないだろう。
「待て待て。別に殺そうってわけじゃねぇ。」
なるべく穏やかに言ったが、余計に不気味に聞こえたのかより必死さが増したような気がする。
次の瞬間、トラックにぶつかっていくではないか。荷台にしがみついたのか。
「嘘だろ!? 」
そこまでして逃げる理由があったのか。だとしたらこのまま逃がすのはまずい。
しかし、トラックに追いつく自信はさすがになかった。
茫然とトラックを見送った。
しょうがない。今は少しでも遠くに行き、身を隠すのが優先だ。
彼は暗闇の中を走り続けた。
彼は気づいていないが、その無尽蔵な体力は常人といえる範囲から逸脱していた。
今日のことは一旦忘れよう。
しばらく生活できる収入は入った。俺はこそこそと平凡な生活を送れていれば十分だ。
彼のささやかな願いは叶うはずもなかった。
彼はまた出会うこととなる。常軌を逸した存在と。
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