第7話
殺人鬼が追ってくる。
必死になって逃げるが、奴の足は尋常じゃなく速く、このままではすぐにおいつかれてしまう。とっさに近くにあった棒きれを手に取ると、曲がり角に身を隠した。
奴が来るのを見計らって、思い切り棒を振り切った。見事に命中した。殺人鬼は体勢を崩し、地面を転がっていく。
安心したのもつかの間、殺人鬼は一人ではなかった。いつの間にか周りを囲まれてしまっている。
こうなったら…
指をパチンと鳴らすと、背中に翼が生えた。すぐさま飛び立った。
殺人鬼たちは茫然としている。
ざまあみろ!
そのまま空めがけて飛ぼうとするが、急に翼が消えて…
チリリリッ チリリリッ
目覚ましの音が鳴り響く。
1分ほど聞き流したが、鬱陶しくなり止めた。
「はあ。憂鬱だ。」
彼の名前は 町田 聖(まちだ せい)。
ただの高校生である。
「ここんところ、夢がうまく調整できんなぁ。」
彼には思っていることを口に出してしまう癖があった。癖とは言えないのかもしれない。これは彼が意図的にやっているものだからだ。
なぜか?
それは彼の能力、”儚い夢”《ミラージュ》に由来する。
この能力はいはゆる’使える’能力ではなかった。
ただ夢を操るというもので、対象は自分のみ。つまり、自分の頭の中で完結する能力だ。自分が見たい夢を想像して寝ることで、その夢が体感的に見られるという。
「明晰夢」というものがあるが、能力なだけあって、ミラージュによって見る夢はそれよりもリアルさが数段上だ。現実と変わらないクオリティの夢を見ることができる。
そんなこんなで、彼は現実と夢の区別をしっかりつけるため、現実では思ったことを口に出すようにしている。そうしないと、たまに夢と現実が区別できないことがあるのだ。
「最近、思うように見たい夢が見られない。いいところですぐ悪いほうに転がってくようなイメージが付きまとっている。足りないのか刺激が。ありきたりな夢ばっか見すぎて飽きてきている。だが悪夢は刺激が強すぎるよな…」
チリリリッ チリリリッ
2回目のアラームが鳴る。
次はすぐに止めると、すぐそばの机に置いてあった菓子パンをつかんだ。
無造作に開け、口に突っ込んだ。
「この味も飽きてきたな… コンビニいくか。そろそろ菓子パンも尽きるし。昼からは何しようかな?」
そう。彼は不登校である。転校してきて早々、学校には行かなくなった。そこは進学校だったので、いままでぼーっと生きてきた彼にとってはいきなり受験勉強という戦場に放り出されたようなものだった。まわりについていけないし、ついていこうという気もまったく起きなかった。
幸か不幸か、彼の親は大金持ちなので、お金はたんまりもらい、ニート生活を満喫していた。
コンビニに行くと、ふとレジに並んでいる人と目が合った。
向こうは顔を背け、足早とコンビニから出て行った。
「あの顔…転校初日にクラスで見たころあるような…」
「どうかされましたか?」
店員がにっこりとこちらを見ている。
「あ、何でもありません。 」
口に出してしまう癖は外ではしないようにしているが、意識してないとつい口が動いてしまう。
家に戻ると、一気にだるさが湧いてきた。
「はあ、なんだかなぁ。最近どうにも憂鬱になるんだよなぁ。やらなければいけないことが無いってのはそれはそれで苦になるのかもしれない。誰か夢を現実にする能力を持っている人はいないんかなぁ?そしたら俺の能力と組み合わせてすごいことができるのに。天地がひっくり返るくらいのことをさぁ。人々は空に落ちていってさぁ…」
彼の妄想は尽きることが無い。しかし、所詮それは儚い夢にしかならないのであった。
「そうだ。旅に出よう。あいにく貯金はまだたくさんある。知らない土地で知らない人と話せば、俺の心も満ちるかもしれない。考えるより先に行動だ。」
必要最低限のものをカバンに突っ込んで、駅に向かった。どこに行くかだいぶ悩んだが、それも決めないほうが刺激があるだろうということで、チャージたっぷりのカードをもって適当な電車に乗るのであった。
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