第3話
「残るはあの高校生か。傷はつけるな。なるべく穏やかに、とらえてこい。」
ガンガンッ
ドアが壊されていく音がひびく。
だめだ…スマホは使えない。何かないか。他に…
必死に周りを見た。武器になりそうなものは…。
いざとなったら殴りとばしてまで逃げる必要がある。そんな経験はないが、漫画や小説で幾度もピンチを乗り越えた主人公たちを見てきたのでイメージだけはなんとなくできていた。
ん?なんだ…人…?
屋上に備え付けられているベンチに黒いフードを着た人が座っていた。
影のようでまったく存在感が感じられない。
「お、おい!そこの人!ここにいると危険だぞ!」
ここは屋上だ。逃げる術はないことを知りつつも、言わずにはいられない。
黒いフードはすっと立ち上がると、こちらに背を向けたままこう言った。
「ああ、知っている。」
その声には焦りというものが微塵も含まれてなかった。
まるで、こうなることが分かってそこにいたかのように。
ガコンッ
ドアが外れる音がした。
「無駄な抵抗はよせ。殺しはしない。」
がたいのいい男が手に縄を持っている。
拘束する気か。なんのために?いや、そんなことは関係ない。どうにかして…
「おっと、そこは危ないかもよ。」
黒フードの男が飄々と言った。
「あ?なんだお前は?どこから湧いて出やがった?」
「最初からいたさ。」黒いフードは肩をすくめた。相手をからかうように。
「そうかよ。運が悪かったな。お前もついでに連れてってやるよ。」
「運が悪いのは君のほうだ。」
言い終わるや否や、突然男の足元が沈んだ。そのまま床が崩れ男は下の階へ落ちていった。
「うぅおお!?」短い悲鳴が聞こえた。
「古いからもろくなっていたんだろう。」
黒いフードはそう言うと、壊れたドアから下の階へ降りて行った。
どうなってる?…
今の出来事は偶然なのか?あの黒いやつが何かしたようにしか見えなかった。
とりあえず後を追おう。この隙に逃げ出せるかもしれない。
あいつが引き付けてくれているんだろうか。まったく人の気配がしなかった。
音をたてないように下に降りていくと、さっき落ちた男を見つけた。
気絶している。頭を打ったのか、偶然に。
あのフードはもう下まで行ったのか。だとしたら今なら全力で走れば、突破できるかもしれない。
階段を2段飛ばしで下っていく。
が、彼の心配は杞憂に終わった。
!?!?
いたるところに人が倒れていた。さっきと同じように床が崩れていたり、蛍光灯が落下して割れていたり、ドアが外れていたりした。地震でも起きたようだ。
そのまま難なく外に出ると、ちょっと前まで一緒だったセミナーの客たちがいた。
みんな何が起きたかわからないといった様子だ。
何だったのだ。あの黒いフードの男は?明らかに異常だ。一人であの人数を倒したというのか。しかもほとんど時間もかかっていない。
思い出してみると、あの声にはどこか聞き覚えがあった。あの口調ではなく、別の口調であの声を身近で聞いたことのあるような気がした。
謎の男のことが頭から離れないまま、彼は帰宅した。家に着くと一気に体の力が抜けた。ちょうど夕飯の時間だった。
今度からは胡散臭いのには関わらないようにしよう。暖かいごはんを食べながら、しみじみと思ったのであった。
母さんにどこに言っていたのか聞かれたが、適当にはぐらかした。本当のことなど言えない。
知らないところで運命は大きくねじ曲がっていた。
そしてそのねじれが、彼を巻き込んでいくのを彼は知る由もなかった。
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