第2話


「今日、宇江城は欠席だ。」


ジョウが欠席?珍しいな。

「宇江城くんが欠席なんて珍しいね。岩木くんは何か知ってる?」

急に喋りかけてきた。

「いや、知らない。風邪でも引いたんじゃない?」

「そう。そうか…」

一人納得したかのように呟いていた。

普段は話すような仲じゃないのに。名前もパッと出てこない。

まあいいか。


「ここは運動量保存則を使って…」

先生の抑揚の無い声が授業を進める中、彼は見当違いなことを考えていた。


今日はPTA総会があり、この授業が終わるころには門が開けっぱになる。人の出入りもある。抜けだすには絶好の機会だ。掃除の時間は俺なんかいなくても誰も気にしないだろう。


岩木は難なく学校を抜け出すことに成功した。彼はそれに一種の快感を得ていた。

学校か、親か、彼を勉強に縛り付ける何者かにささやかな反抗をしてやった。

それが不真面目ととらえられるものならば、彼はいっそうやる気になる。そういう性格であった。



ここか。わざわざ乗り継いで来た割にはさえないところだなぁ。

会場になってる場所には古びたビルが建っている。中に入ると、使用不可と書かれたトイレがあった。おそらく何かイベントがある階だけのトイレを解放しているんだろう。

4階まで階段で行くと、

「ファイナンシャルアカデミー」と書かれたドアがあった。

お金に関してのことならなんでも教えちゃいます。楽して稼ぐ技も伝授しましょう。だそうだ。ネットでこのセミナーを見つけたときには胡散臭いと思った。

だけど無料だし、初めて行くにはこのくらいがちょうどいいだろうということで岩木は申し込んだのであった。


部屋に入って時間になると、眼鏡をかけた若いのか、それなりにいってるのか何とも見分けがつき難い人物が入ってきた。

「ようこそ。ファイナンシャルアカデミーへ」

男はそういうと部屋を見渡した。

俺のほかにも10人くらい人がいた。それぞれ年代はバラバラだが、共通してどこか冷めているような、人生に希望なんて持っていない、というような顔をしていた。


「なるほどなるほど。皆様わかわいそうな人たちだ。これまでの人生に花がなかった。」

何を言っているんだ。どこか宗教染みた言い方をしている。


「お金が欲しい。その感情は当たり前のもの。しかし、”普通”の人はそんなこと本気で考えたりしない。言葉ではそう言うが、実際はそれほど考え込んだりしない。あなたたちは金に飢えている、いや、そうなるほど追い込まれている。なんとかわいそうな人たちだ。」


これは完全にあれだ…。早いとこ退出するか。

他の人もうんざりしたような顔をしている。今時こんなのに騙される人はいないってのに。

よくわからない勧誘がひと段落つくと、席を立った。

「どうされました?まだ話は終わってないですよ。」

「急用ができてしまって…」

他の人も遠慮気味に同調する。

「会社から急に連絡があって。」

「少し体調が悪くて。」

いまや残ろうとする者はいなかった。


「そうですか。やはりかわいそうな人たちだ。どうぞおかえりなさい。」

男の声には怪しい響きがあった。

部屋を出ると、下の階からぞろぞろと足音が聞こえた。階段を歩く音が聞こえる。

すぐさま階段を駆け上がった。危険な気がしたのだ。そしてその予感は的中した。


上へ上へと駆け上がってく中、突如悲鳴が聞こえた。もがくような声、バタバタとさっきとは違う荒々しい足音が聞こえる。もはや危険なのは確実だ。何をされるか知らないが、こんなところで人生終了なんてみじめなことはない。捕まる訳にはいかない。

屋上に出ると、ドアの鍵を閉めた。ここで助けを待つか。スマホを取り出し、連絡しようとするが、圏外になっていた。


足音がドア越しに迫ってきた。


どうして…。震える指で何度もタップした。

くそ…なんて不運なんだ…。


彼は己の不運を呪った。

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