はじまりの扉

 よく晴れた、日曜のお昼前。

 水月由愛みづき ゆあが待ち合わせ場所に着くと、そこにはやはり待ち人の姿はなかった。

 時計を見ると、待ち合わせ時間の5分前。

「来てるわけない……、か」

 ふっと息をつき、近くのベンチに座って、いつものように待つことにする。

 時計の針が動くのがやけに遅く感じられた。だが遅く感じてはいても、時間とは恐ろしいほどに公平なもの。淡々と淡々と、ただ単調に時間は静かに通り過ぎていく。

 じりじりしながら、彼女は何度も何度も、時計と携帯を見比べる。

 五分経ち、十分過ぎ、三十分を超えた時、由愛ゆあは意を決したように携帯で相手に電話をしてみた。

「おかけになった電話は現在電波の……」

 電源を切っているのか、電波の悪い所にいるのか……。

 おそらく電源を切っているんだろうな。

 それもいつもの通りのこと。

 都合が悪くなるとすぐこうやって電源を切るんだから。

 例えば、約束をドタキャンする時とか……、ね。

 何度かリダイヤルしてみたが、耳に聞こえる音は変わらず機械のアナウンス。

もう待てない。だって一時間も経っていて連絡がつかないんだもの。

 相手に、帰るという旨のメールを送り、由愛ゆあはうなだれてその場を離れようと立ちあがった。

 もう何回目だろう。待ちぼうけをくらったり、連絡もないままドタキャンされるのは。

「もう……、終わり、だよね」

 終わりなら終わりだと言ってくれればいいのに、こんな方法を選ぶなんて卑怯だ。いや、もしかしたら始まってさえいないのかもしれない。始まっていると思っていたのは自分だけなのかもしれない。

 由愛はその場にたたずみ、知らずあふれてくる涙を止めることができなくなってしまった。



 ……はい、お帰りなさいませ。

 はじまりの扉の向こうはいかがでしたか?

 おや、お顔の色が少しすぐれないようですね?

 あらあら……。そうでしたか……、そんなことが。

 お怒りはごもっともでございます。

 不愉快な思いをさせるためなのか、だなんて、そんなめっそうもございません。

 お怒りはごもっともですが、そうとおっしゃられましても、実はこの百恋もれも困ってしまうのです。

 この扉の内に流れる活劇は入られる方によってその内容が変わるのですよ。

 詳しいことは申せませんが、その方にとって、その時に一番ふさわしい内容になっているのです。いえ、ふさわしいというか、一番気にかかっていることが現れるといった方が正しいでしょうね。

 ですので、百恋もれは扉の中のこと、活劇の内容までは存じ上げません。

 ですが、内容はあなた様が今一番気にかかっていることのはずですよ。

 それがいい内容か悪い内容かまでは、このしがない案内人であるこの百恋もれでさえもあずかり知らぬこと。

 とはいえ、そのお顔の様子ですと、あなた様にとってはあまり面白くない内容だったようですね、水月由愛みづき ゆあ様?

 まぁ。そうでしたか。ほんのついさっき、数時間ほど前のご自身の活劇だったのですね……? それはさぞ生々しく胸が痛むことでしたでしょう……。

 ですが、ほかの扉の中にお入りになればきっとお考えも変わることと思いますよ。扉の数だけ結末があるのですから。

 ですが、もちろんこのまま何も見ずにお帰りになられてももちろん結構です。

 全てはあなた様次第です、水月みづき様。

 ……、はい? お入りに……、なられますか?

 この、一の扉に入られるのですね?

 承知いたしました。

 それでは、水月みづき様。一の扉をお開けいたします。

 どうぞ、行ってらっしゃいませ。

 良い活劇でありますように……。



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