第5話「異界の旅人 ~ドーラとジョーの巻~」
「あと、三百ギルしかねーか……」
山あいのとある田舎道。
ボロボロの姿をした一人の若者が、ため息まじりにつぶやいた。
アーモンド色した大きな瞳、ごわごわとした髪を短く刈り込んだ──もうすぐ成人も近いという風貌のこの男は、魔法の塔で修行をつむ魔法剣士見習ドラディオン・ガロスという名前の男であった。
「やっべーよなぁ、旅銀もそろそろつきそうだし、何とかしなくちゃなー」
彼はぶつぶつと呟きながら、目の前に見える町を目指し、そこで昼飯にしようと考えて歩き始めた。
ドラディオン・ガロス、通称ドーラは魔法剣士になるべく修行をしている身だった。
世界は魔族と呼ばれる化け物たちが跋扈し、日夜人々を恐怖に落とし込んでいた。
その魔族たちに唯一対抗できる者たちが、この魔法剣士たちなのである。
そして、その魔法剣士を次々と世に送り出している魔法の塔は、世界でたったひとつしかない魔法剣士の学校のようなもので、今、ドーラはその魔法の塔より最終試験と銘打って、修行の旅へと出ているところだったのだ。
町はなかなかの賑わいを見せていた──が。
「なんだか、しんきくせー町だなぁ」
そう。
みせかけは、賑わいを見せているようだった。
石畳の町なかは、人々がせわしなく行き来し、店々も活気がある。声もそこかしこから上がってはいるし、子供たちも通りを走りまわっていた。
だが───
ドォォォォ───ンンンン……
どこか遠くで地鳴りのような音が聞こえたかと思うと、さっきまでの活気に満ちた周辺が、とたんにシーンと静まり返り、すべての人々がじっと耳をすましていた。
「……………」
しばらく、そうやって、まるで時が止まったかのような人々だったが、もうさっきの音が聞こえないらしいことがわかると、再び動き始める。
「??」
ドーラは、なんとも不思議そうに首を傾げた。
と、そのとき。
「とうとう町長が張り紙を出したぞー」
「広場へ急げー」
少し離れたところから、なにやら騒がしく声があがった。
ドーラも、何だろうと気を取られる。
──グー……
だが、腹の虫が鳴った。
しかし、彼は、空腹よりも好奇心が勝ったようである。
人々が向かう方へと、彼は腹の虫を無理やり押さえ込み流れに身をまかせたのだった。
広場には、大勢の人たちがたむろしていた。
ドーラは人々を押しのけ、張り出されている立て札を見ようと前に進んだ。
『暴れ竜を倒せし者、金五千万ギルを進呈す』
「五千万ギル!!」
書かれているものを見て、ドーラは思わず叫んだ。
それだけあれば、新しい服だって、立派な剣だって買えるし、腹いっぱいの飯だって食える。
ドーラはごくりと唾を飲み込んだ。
(よし。俺さまがその竜を倒してやる!!)
と、そこまで思ったドーラだったが、あることに気づいた。
「あれ…?……竜……? ドラゴンって幻の存在なんじゃなかったっけ??」
「何だ、兄ちゃん、知らないのか?」
ドーラの言葉を聞きつけた中年の男が、したり顔で言った。
「あそこのドラゴンピークスには、かつてドラゴンが生息していたと言われているんだ。兄ちゃん、そのことを知らないってこたー、あんたこの町の人間じゃないね」
男は、この町を見下ろすようにそそり立っている、尖った山を指差した。
ドーラは顔を上げ、その山を見つめた。
「世間じゃもう、ドラゴンはいないと言われてはいるが、あそこの山は、上級魔族が住処にしていると言われ、誰も近寄ろうとはしないんだ。だから、本当にドラゴンが生きていないのか、その真相はわからねーんだな、これが」
男は、その魔族に聞こえるのをはばかってか、声を少し落とした。
「だがな、最近、ものすごい暴れ竜がこのふもとに姿を見せだした。今までこんなことなかったのに。やはり、ドラゴンはまだいるらしいってわかったが……これがまた大変な乱暴もののドラゴンで、時々おりてきては、暴れまわるんだ」
「そうだったのか……」
説明した男に軽く会釈をして、ドーラはその場を離れると、考え込みながら歩き出した。
「……五千万ギルは捨てがたいよなぁ。ううむ……どうしたもんか……」
彼は、懐から三百ギルを取り出した。
それから、自分の腰にさした中剣に目をやった。
「ドラゴン退治はいいが、この中剣じゃーやっぱ心もとないよなぁ。大剣が欲しいとこだが……これだけじゃ買えねーし……それにまだ飯食ってないしなー」
そうやって逡巡しているドーラに──
「にいちゃん、にいちゃん」
やたらと愛想のいい声がかかり、ドーラはくるりと振り返った。
彼の目の前にひょろりとした男が立っていた。
目がギョロっとして、頬はこけ、手や足も折れそうなくらいに細い。
そいつは背中にたくさんの剣やら何やらを背負っていた。
ずいぶんと重たそうだが、平気そうにしている。
「なんかよーか?」
ドーラは胡散臭いものでも見るような眇めた目つきで、この貧相な男をにらんだ。
だが、男は臆するふうでもなく、慣れた口調で喋り始めた。
「どーも、どーも。すいやせんねぇ。あたしゃー、しがない武器屋なんでさぁ。見たところ、剣士様のようじゃございやせんか。貴方様もあの暴れ竜を倒しに行かれるんで?」
男は、ドーラの腰のものをチラッと見た。
「こういっちゃなんだが、そんな剣じゃ、あの竜は倒せねーですぜ、旦那」
「う……」
ドーラは、確かに失礼なやつだと思ったが、本当のことだったので、何も言い返せなかった。
「どーでやす!! とてもいい品物があるんでさぁ。これなんか、いかがでやんしょ?」
男はすかさず背中から一本の刀を取り出した。
ドーラは慌てた。
「ま、まてっ!! 俺はまだ買うとも何とも言ってねーぞ。それに、それは見たこともない剣だが?」
「これは、最も東にあるチュウカ帝国よりさらに東にある国ジャッポンという国の、最も名のある名工の作った刀ってーことらしいんでさ」
ドーラは吸い込まれるようにその刀を見つめた。
「竜頭斬華(りゅうとうざんげ)って言うんでさぁ……」
武器屋は、すらりと鞘から刀身を抜き放った。
「竜頭斬華……」
直刃のシンプルな刀だった。
だが、見た目のシンプルさとは裏腹に、その刀身は妖しい光を放っていた。
まるで、魔法剣が魔法剣士によってその刀身を輝かせているような、そんな輝きである。
「竜頭斬華ってなぁ、まあ、いってみればドラゴンスレイヤーのことでさぁ」
「ううむむ……」
だが、まだ何か信用できないらしいドーラは、額にしわを寄せながら言った。
「俺も幻の国ジャッポンの話は聞いたことあるが、あの国の刀の刃は、確か波紋の美しい細身の刀じゃなかったか?」
「兄ちゃん、甘いね」
武器屋は、ちっちと人差し指を顔の前で振って見せた。
「波紋の美しさってーのは、工芸的なもんだよ。本当の刀はやっぱり直刃よ。見てくれよ、この輝き。兄ちゃんも刀使うんなら、この輝き、わかるだろ?」
確かに───ドーラは思わず唾を飲み込んだ。
(これはすごいかもしんねー)
武器屋が天に届けとばかりに片手で構えて見せたその直刃は、むしろ、まがまがしいばかりに妖しい光を放っていた。
欲しい───ドーラは強い欲求にかられた。
その思いを後押しするように───
「兄ちゃん。ここで買わなければ一生後悔するぜ」
その言葉が、ドーラの琴線に響いた。(どの言葉か、知らんが)
しかし、ドーラには金がなかった。
彼は正直に、
「欲しいのは山々なんだが、俺は今三百ギルしか持ってねーんだ」
その言葉を聞いて、武器屋はチッと舌打ちした。
「何だ兄ちゃん、貧乏人かい。俺も商売だしな」
そう言いつつも、武器屋はその刀をなぜか売りたそうであった。
チラリとドーラの腰の剣に目をやり、
「そうだなぁ、その腰の剣と三百ギルでこの刀を売ってやるよ。ほんとは、こんなことしちゃー大赤字なんだけどなー」
そんなやり取りのすえ、彼はなけなしの三百ギルと剣で竜頭斬華──ドラゴンスレイヤー──を買ってしまったのだった。
だが、ドーラは知らない。
武器屋が、こんなことをつぶやいていたことなど。
「はー、やっと売れたよ、あの妖刀。ほんっとに困ってたんだよなー、だーれも買ってくれなくて。しかしま、兄ちゃんの剣までせしめちゃったし……竜頭斬華なんて、あーんないいかげんな名前つけたけどさー。まー、あの兄ちゃん、初めて見る顔だったし、一見さんなら問題ねっかー」
ドーラ、危うし!!
そんな恐ろしげな妖刀で、果たして無事に生還できるのかっ!!
しかし、まあ、有り金全部つぎ込んだ身のドーラとしては、とにかくはやいとこドラゴンを倒して金をもらい、たらふく飯を食うんだと意気込んで山へと分け入っていったのだった。
一応、魔法の塔きっての手練と自称するドーラであった。
この町に辿りつくまでにも、ずいぶんと魔族と戦ってきて、そのいずれも打ち倒してきたという自負もある。しかも───
「この刀は掘り出しもんだったかもな」
にんまりと刀をかざすドーラ。と、そのとき。
バサッバサッバサッ───!!
いきなり、大きな羽音とともに魔族が現れた。
「バーディリアン!!」
それは、狼のような顔をした、羽を持つ下級魔族バーディリアンだった。
羽を広げると、ゆうに10メートルはあろうかというほどのでかい化物だ。
「ふっ…さっそくこの竜頭斬華の威力を試してみるかっ!!」
ドーラは、うぉぉぉ───と雄叫びを上げながら、魔族めがけて突進していった。
そして、刀を振りかざし、たたっ切った───はずだった!!
しかし!!
「切れてね───よぉぉぉ───!!」
確かに切り込んだはずなのに、バーディリアンはピンピンしていた。
ドーラは驚愕した。
「なんだよぉぉぉぉ───この刀、なまくらかぁぁぁ───?? くっそーだましやがったなぁぁぁあの武器屋!! 俺の三百ギルと剣、返しやがれぇぇぇぇ───!!!」
詐欺師まがいの武器屋にドーラは半べそ状態だった。
「はっ! なっちゃねーな」
どこからともなく超タカビーな声が聞こえた。
「ぬぁんだとぉぉぉ??」
どこから聞こえたともわからぬ声に、ドーラは戸惑った。
「なっちゃねーっつったんだよっ!!」
「!!!」
ドーラはびっくり仰天だった。
一瞬、何が起きたのかわからず、ただ呆然となった。
なんと、己の持つ刀が喋ったのだ。
「へっ! 刀が喋っちゃわりーかよ。俺様はな、そんじょそこらの刀とはちょいとワケが違うんでいっ!!」
「…………」
まだ呆けた顔をしているドーラ。
「ったくよー。これだから男ってやつはーいけねーや。すぐパニクるしよ。そのてん女はいいよなー。もちろん、ファンタジー好きのカワイイ女の子に限るがよ。しっかし、なんでいっつも男の持ちモンばっかなんだろーなー。こんなに日頃から行いのいい俺だってーのによ」
一人ベラベラと喋りまくる妖刀であった。
「おい、おめー。なんて名だ?」
「へっ?」
「へ? じゃねーだろっ。名前だよ、な・ま・えっ!!」
「あっ、うっ、ド、ドーラだ」
多少なりとも正気が戻ってきたドーラであった。
「そっか、ドーラ。おめーなー、刀使う時の心がなっちゃねーんだよ」
「心?」
思わず聞き返すドーラであった。
なぜか、最初の驚愕は去り、むくむくと本来の好奇心がもたげてきた。
「そうさ。刀にだって心があるんでいっ。だから、刀と心を一体化させるんだよ。そうやって初めて刀っつーもんは切れるもんだっ」
「ふむふむ」
もっともらしい妖刀の言葉に、単純なドーラは、すっかりその気になってしまっていた。
「で、どうすれば心を一体化させることができるんだ?」
「そうだな。とりあえず、“刀様、切れてください”って思ってみろ。それだけでも違うと思うぞ」
そんなドーラの不可思議な行動を、いったん訝しげに様子を見ていた魔族だったが、いいかげん痺れを切らし襲いかかってきた。
だが、まだドーラは刀と会話をしていた。
「刀様、切れてください、だな?」
何か変だぞ、とも思わずに、ドーラは素直に心で思った。
(刀様、切れてください)
と、そのとき。
構えた刀の妖しい輝きは、いっそう強くなった。
これはいける───とドーラは思った。
そのとき、魔族はその凶暴な牙をむき出して、目の前に迫っていた。
今度こそと、ドーラはその刀を魔族に振るった。
──ズバァァァァ───!!
天も切れんばかりのすさまじい切れ味。
あっというまに、バーディリアンは真っ二つになっていた。
「すっ、すげー」
「なっ? ざっとこんなもんよ」
妖刀が、得意げにそう言った。
それから、ドーラは妖刀と喋りながら山奥へと入っていった。
「俺の名はジョーグフリード。ジョーって呼んでくれ」
しばらくして、妖刀はそう名乗った。
最初からそうだったが、ずいぶんと親しげな口調だ。
そこで、ドーラは確信ともいえる質問をしてみた。
「ジョー。なんであんたは喋れるんだよ。どう考えても不思議でならねー」
「いけねーなー、そーゆー考えは」
すると、まるで、ちっちと舌打ちでもしているようにジョーは言った。
「すべてのものには心があることを忘れちゃなんねーぞ。たまたま俺はこうやって喋れる能力があるが、この世にあるすべての無機質なものにも魂はあるんだ。そのことさえ忘れなければ、おめーも至上の男になれるかもしれねーんだぜ」
ドーラは、乱暴な口調だが、このジョーという妖刀のことをなぜだか信頼できると思った。
(すべてのものには魂がある───か)
ドーラは心で繰り返し呟いてみた。
「ま、もっとも俺は、ほんとーは妖刀なんかじゃねーんだがな」
「は?」
とたんに、ドーラは怪訝そうな顔をする。
だが、彼が質問するより早く、ジョーはペラペラと喋り始めた。
「ゆうべよ。ドラゴンハートっていうDVDを見たんだ。おもしろかったぜ。で、それ見てて、やっぱ男は戦いの中に生きるもんだよなーって思ったんだ。な、おめーもそう思うだろ。男はやっぱ剣と魔法と冒険だよなっ。んで、そう思いながら寝たんだが、フッと目が覚めて、気がついたら俺は刀になってたんだ。でもま、男は剣と魔法と冒険だし、その意味では、これですべてそろったってことだよな」
「…ドラゴンハート?…DVD?……」
ドーラは、最初はびっくりして聞いていたが、だんだん神妙な顔つきになっていた。
その表情は、何かわからないが、非常に同情しているというようなものだった。
「それでいいのか?」
そこで、ついドーラはそう言っていた。
だが、ジョーは何でもないことのように言ってのけた。
「ま、なっちまったもんはしょーがねーだろ」
「そーゆーもんか?」
「そーゆーもんだ」
あまりに自信ありげな答えに、ドーラは、首を傾げながらもぼそりと言った。
「ま、本人が納得してんなら、いっかー」
ジョーがジョーなら、ドーラもドーラであった。
もしかしたら、この二人、前世かなんかで双子の兄弟だったかもしれない。
「なんだ、おめー学生さんかー」
あれから、どんどんふたり(?)は山の奥へと入っていき、その途中いろいろと話をしていくうちにジョーがそう言った。
「もうすぐしたら卒業だけどな」
「で、その魔法の塔の卒業試験ってことか、このドラゴン退治は」
「いや、別にドラゴン退治は関係ねーんだが…ま、そんなとこだ」
「ふーん」
ドーラは、思わず吹き出したくなるのをぐっとこらえた。
よくよく考えてみたらおかしな話だ。
動物とか、植物とかが心を持っていて、もしかしたら喋ったとしても、驚いたりするかもしれないが、あるいは有りうるかもと思う。だが、剣とか家とか着物とかが喋ったりするなんて夢にも思わないだろう、普通。
(すべてのものには魂がある──か)
ドーラは、なんとなくそういうことも信じられるような気がしてきた。
そんなふうに、厳かな気持ちになっていたドーラに、ジョーが聞いた。
「ところで、おめー、ケータイ持ってねーか?」
「はぁ?? なんじゃそら?」
さっきまでの神妙な気持ちがガラガラと崩れるのをドーラは感じた。
「俺、ちょっと薫ってダチに連絡取りたいんだよ。ちょっくら黙ってこんな遠くまで来ちまったもんだからよ、あいつ、心配してんじゃねーかと思って……iモードでメールってーのでもいいんだがな?」
「あ…あい…め、めぇる?? 何だ、そりゃ??」
「ちっ」
思いっきり不服そうな声のジョー。
「おめー、メールも知らね~の? しょーがねーなー、これだから学生さんは金がねーなんて言われるだぜい。KとかDとかなら学割で半額だぜ?」
「だ・か・らぁ~、なんのことだよ」
だんだんドーラは腹が立ってきた。
なんなんだ、その「ケー」とか「ディー」って。
これだから喋る刀なんてワケのわからんもんは──
だが、そんなドーラの心中も知らぬ存ぜぬで、さらにジョーはモンクをブーブーぶうたれた。
「ちっめんどくせー。ほんっと田舎だなー、ここはっ!! まっ、仮にケータイがあっても、こんなところじゃ圏外だから使えねっかー」
とまあ、そんなこんなで、彼らはどんどん山奥へと踏み込んでいく。
そして、ほどなくして、噂の暴れ竜なるドラゴンが出てきたのだ。
──ドッタ───ン!!
──バッタ───ン!!
──ウォォォォォ───!!!!
──バキバキィィィィ──!!!
「…………」
ドーラは、頭が痛くなってきた。
確かにドラゴンが暴れている。なんの意味もなく───マヌケだ、あまりもマヌケすぎる。まあ、確かにある意味「暴れ竜」なのだが───
あたりかまわず木々を打ち倒し、炎を吐き、尻尾を振り回して暴れまくっている。
それはまるで、ダダをこねている子供みたいだった。
身体はそれほど大きくはない。
凶暴そうな目や牙、立派な角も生えていて、確かに恐ろしげな感じではある。
だが───
「へっ、こんなヤツ、すぐ俺様が倒してやるぜ」
ドーラはちっとも怖れてはいないようだった。
直刃のジョーを構え、どんとこい、といったふうにギロリとドラゴンをねめつけた。
「慢心は禁物だぜ、ドーラ」
「はっ、何言ってやがんだ。俺様は魔法の塔一の剣士だぜいっ!!」
ドーラは雄叫びを上げながら、ドラゴンの身体めがけて突進していった。
しかし───
──バッシィィィィ───ン!!
「ウォッ!!??」
威勢とは裏腹に、いとも簡単にドラゴンの尻尾で飛ばされ、ドーラは森の木々に叩きつけられた。
「うう…くそぉぉ──」
「だから、いわんこっちゃない」
そこにジョーの辛らつな一言が。
「もっと謙虚な気持ちで事に当たらねーとな」
「…………」
ドーラは、それには答えず、のろのろと起き上がると、再び刀を構えた。
鼻血がたれたマヌケ顔だった、だが目は怒りで燃え上がりそうである。
「いい目をしてやがる…」
ジョーは、ぼそりと呟いたが、果たしてその言葉がドーラに聞こえていたか。
「おのれェ───!!」
またもや突進していく。
そして、刀を振るった───が。
「またかよぉぉぉ───切れてねー!!」
手ごたえも感じた。バサッと切れた感じもした。
なのに、またしても切れてなかったのだ。
と、嘆いている間に、またも尻尾が、恐ろしいスピードでドーラを襲った。
「グハッ!!」
血を吐き、倒れこむドーラ。
彼の自信は、目に見えて衰えてきたようである。
「くそぉ…こんなはずじゃ……俺は、俺は幾多の魔族を倒してきたんだぞ…それなのに、たかがドラゴンごときで…」
「馬鹿野郎」
「ぬぁにぃ??」
ドーラはジョーの言葉に過剰に反応した。
だが、ジョーは引かない。
「大馬鹿野郎だよ、おめーは」
「何が大馬鹿野郎だ!!」
「ったくおめーはよー…刀と心を一体化させるんだよっ!!…それに、男なら…」
「?」
ドーラは、うろんそうに目を細めた。
ジョーの声が、バカにしているような感じではなかったからだ。
「男ならな、こんなはずじゃ、なんてー言葉はぜってー吐いちゃいけねーぜ。やれるだけやる。どんなに勝てそうな戦いだろうが、この戦いで死ぬくらいの覚悟がなきゃーぜってー勝てるもんでも勝てねー。砕け散ってもいい覚悟じゃなきゃ、いけねーんだよ」
「砕け散る……」
ドーラは、ジョーの言葉を繰り返した。
「そうさ。やるだけやって、砕け散ってみろ!! 真っ白に燃え尽きるまで、戦って見せるんだよ!!」
そのとき、ジョーの刀身は、まばゆいばかりの白銀の光を迸らせて輝いた。
「うぉぉぉぉぉぉぉ──────!!!!」
ドーラは、手に握られた刀に、ビリビリとした、みなぎる力を感じた。
「感じる!! 感じるぞぉぉぉぉ──────刀よ、俺に力を。あのドラゴンを倒すために、力を貸してくれ…倒してやる、俺はこの戦いに命をかけてやるぅぅぅぅ──────!!!」
ドーラは、咆哮ほとばしらせながら、真っ白に輝く刀をドラゴンめがけて振り下ろした。
──ブワァァァァァァァァァァァァァァ─────────!!!!!!!
刀から発せられる物凄いエネルギーが、ドラゴンを真っ二つに断ち切った。
あろうことか、ドラゴンの背後の森の木々、さらには、そのずっと先に広がる町までも!!
そして、ジョーがポツリと───
「ふっ…真っ白に燃え尽きたぜ……」(またかい^_^;←作者の言葉)
戦い終わって日は暮れて───って、そんなにのん気にしてられない状態だった。
町は半壊してしまっていた。
妖刀から発せられたエネルギー波が、あまりにも強力だったため、ドラゴンの背後に広がっていた町までも破壊してしまったのだ。
「あなたがドラゴンを倒したドーラさんですね。それでは賞金の五千万ギルです……ところで、あなたがドラゴンを退治した時に町の一部が壊れまして、住民から損害賠償請求が来ているんですよ」
町長がニコニコと引きつった笑顔でドーラのもとへやってきた。
「そんなことって……」
さすがのドーラも、事の重大さにうろたえてしまった。
「ま、しかたねーな」
「何がしかたねーだっ!!」
ドーラは思い出したように怒鳴った。
怒りの矛先を変えたらしい。
「てめーが、死ぬ気でやれっつったから、こんなになっちまったじゃねーかっ! どうしてくれるっ!!」
「そんなこと俺に言ったってなー……お?」
「何が“おっ”だよ?」
いきなりの、ただ事ならぬジョーの声にピクリと反応するドーラ。
「どうやら、帰れそうだぜ」
「へ?」
わけがわからず、ドーラはポカンと口を開けた。
「ま、おめーに会えて楽しかったぜ。これからもすべてのモンには心があるってことを忘れずに、精進しろよ」
「な、何をいきなりっ……!!」
すると、刀がパァァァ───と、一瞬輝いたかと思うと、ふっとその輝きが途絶え、ボロボロと刀が崩れ去っていった。
「ああっ!!」
ドーラはびっくりして、手に残った刀の残骸を見つめた。
すると、あたりにジョーの声がこだました。
「またなぁ─────────」
それは、空から聞こえてくるようだった。
ドーラは、いつまでも青く澄み切った空を、呆然と見つめているばかりである。
そして──そんな彼の手には、請求書だけが残っていた。
初出2000年12月30日
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます