第4話「レンジマンVSスクーター・ジョー  ~頑張れ元気な明日の一歩でリングに賭けろ!!~」

 空は青く澄み、綿菓子のような雲が浮かんでいた。

 ここは某県某市。

「いやっほーーーーー」

 ジョーは朝からとってもご機嫌だった。

「いやー、やっぱ遠乗りは気持ちいいよなー」

「………」

 しかし、薫は無口だった。いや、呆れていると言うべきか。

「なんだよ、未だぐだぐだ文句があるのかよ」

 ジョーは、ちぇっと舌打ちして眉根をよせた。(どこが眉毛だよ)

「まーでも、来てしまったもんはしょーがねーんだから諦めろ。一緒に楽しもうぜ、な?」

 ジョーは、無理やり薫を納得させようと、諭すような口調で喋りつづけた。



 事の始まりはヒカルの一言だった。

「こんどー、境港マリーナでコンサートがあるの。地方だからちょっとさびしいなー」

 ヒカルは何気に言ったのだろうが、ジョーは(これは俺を誘っているな)と勝手に思い込み。

「そうか、よし俺が応援に駆けつけてやるぜ。安心していってきな」等と勝手にポンポン話を決めていった。

「ちょっと待ってくれよジョー」

 薫は慌てて止めた。

「そうよジョーちゃん、境港ってとーーーーーっても遠いのよ」

 ヒカルも相槌を打った、しかしそれが逆にジョーにとっては火に油を注ぐ結果となった。

「うるさい、うるさい、うるさーーーーい! 行くったら行くんだーーーーーーー!!!!」

 もう只の駄々っ子だった。手足をバタバタさせて駄々をこねまくっている。(どこに手足があるんだか)

 そんな訳で、薫とジョーは今ここを走っているのだった。



「いい天気だなー、こんな日はバイクで走るのが気持ちいいぜ」

 一方こちらは、紅一郎が愛車カーマインでパトロールを兼ねてツーリングしていた。

「ナゼテンキガイイト、ハシルノガキモチイインデスカ?」

 カーマインはAIなので、人の感情というものが理解しにくいらしく、紅一郎に問い掛けた。

「何故って言われてもな~、ん~」

 AIの質問に真剣に考えこんでいた紅一郎だった。余りに真剣に考えていた為、運転が疎かになっていた。

 パパパパパァーーーーーーーーーーーーー!!!!!

 対向車の大型ダンプが、ヒステリックなクラクションを鳴らした。紅一郎はセンターラインをはみ出していたのだ。

「馬鹿野郎――!! 気を付けやがれーーー!!!」

 間一髪かわした紅一郎に、ダンプの運ちゃんから罵声が飛ぶ。

「ふ~、やばかった~」

 紅一郎はやれやれと一息ついた。

「コウイチロウサン、チャントマエヲミテイナイトキケンデスヨ」

 カーマインは、紅一郎の前方不注意を指摘する。

「お前が質問するから、考え込んでいたんじゃないか」

 紅一郎はいかにもお前のせいだと言わんばかりに言い返す。

「ジブンノフチュウイヲ、ワタシノセイニシナイデクダサイ」

 痛いところを衝かれた。感情を持たないだけに遠慮が無い。

「くっ、それにしたって、お前自動操縦システム付いてるだろ。危ない時には回避してくれてもいいだろ」

 紅一郎は悔し紛れに反論した。しかしカーマインは取り付く島を与えず、

「ソノヨウナメイレイハ、インプットサレテイマセン。ソレデハコンゴソノヨウニイタシマスカ?」

「くっ、ああ、そうしてくれ」

 コンピューターに言い負かされて、紅一郎はちょっとふてくされていた。

 そんな彼らの前を、薫を乗せたジョーがやってくる。

「コウイチロウサン、ゼンポウカラスコシカワッタノリモノガヤッテキマス」

 どうやらカーマインの高性能なセンサーは、ジョーを遠目からでも普通のスクーターとは違うと判断したらしい。

「変わっているって、どう変わっているんだ?」

 紅一郎は、カーマインの言っていることがよく解らない。

「ドウトイワレルトコマルノデスガ。ミタメハクラシックナ、ナイネンキカンノスクーターデスガ…」

 そんな会話をしているところを、ジョーはすれ違いざまUターンしてきた。

「おい!」

 突然後ろから声がしたので、紅一郎は停車した。

「おい! お前、今俺のことなんか言ってたろ」

 誰が言っているのだろう、このライダーだろうか。いや、どうも違うようだ。

 紅一郎は首をひねった。まさかスクーターが喋るわけないし。

「こら!! しかとしてんじゃねーよ」

「うわっ、すっ、スクーターが喋った!!」

 紅一郎は驚いた。そこへすかさずカーマインが口をはさむ。

「ネッ、カワッテイルデショ」

「うわっ、ばっ、バイクが喋った!!」

 今度は薫が驚いた。お互い喋るバイクなんて自分のだけだろう、と思っていたのでなおさらだった。

「変わってて悪かったな! お前だって十分変わってんじゃねーか」

 驚いて固まっている二人の事などお構いなしに、ジョーはカーマインにつっかかる。

「ワタシハベツニカワッテマセン、コンピューターガオンセイヲハッシテモフシギデハナイデショウ」

 カーマインは淡々と答える。それがかえってジョーを怒らせる。

「それにお前、さっき俺の悪口を言っただろ」

「ベツニワルグチデハアリマセン。クラシックナ、ナイネンキカンダトイッタノデス」

 カーマインには全く悪気はないのだが、相手の胸にグサグサ刺さる。

「そーーーれが悪口なんだよ!!!」

 ジョーの額に血管がピクピクと浮き立つ。(どーしてスクーターに血管が? しかもどこが額だか)

「俺のどこがクラシックなんだ、俺はこの間復活したばかりで新車だぞっ!!」

 ジョーは薫が新しく買いなおしたスクーターに転生したため、確かにピカピカの新車だった。

「ベツニシャタイガフルイノデハナク、ガソリンデハシルコウゾウガクラシカルナノデス。ハイキガスヲマキチラシ、チキュウオンダンカヲマネク、ゲンシテキナノリモノ」

「原始的とはなんだーーーーーーーーーー!!!!!」

 ジョーとカーマインの舌戦は続く。薫と紅一郎はやれやれという感じだった。

 やいのやいのと、二人、いや二台の言い争いにいいかげん疲れた紅一郎は、

「君のスクーターも喋るんだ」

 と、薫に話し掛ける。

「そうなんですよ、話せば長くなるんですがどうやら生きているみたいなんです」

 ある意味、変わったバイクに乗っているという親近感からか、二人はすぐに仲良くなった。

「うちのは社長が勝手になにやら怪しげな所へ改造に出しちゃって」

 お互い大変だね、と話に花が咲いていた。

 と、その時に。

「くそーーーーー!!!!! こーなったら決闘だ!」

 ジョーの怒声が響く。

「ワタシハカマイマセンガ、ドコデドウヤルノデス?」

 カーマインは相変わらず淡々と受け答える。

「明日の夜十時、この少し手前にある埋立地でゼロヨン勝負だ」

 ジョーは自分が原付スクーターだ、ということも忘れて勢いだけで勝負を挑んだ。

「ワタシハカマイマセンガ、イイノデスカ? アットウテキニ、アナタガフリデスヨ」

 カーマインの言うことは最もである。カーマインは電動バイクだが、馬力換算で100PSを搾り出す。

 それに対してジョーは50ccで、7.2PSしかない。端から勝負にならないのだ。

 だが、ジョーの性格として、一度言ったことは引っ込められない。

「うるせー! やるったらやるんだーーー!!」

 ジョーは意地になっていた。

「薫! 行くぞ」

「行くって、どこへ」

 突然話を振られて薫はとまどった。だが、ジョーはそんな事はかまいはしない。

「うるさい! 行くったら行くんだよ!!」

 こうなったらジョーは何を言っても聞かない。その辺を良く知ってる薫は、

「紅一郎さんすみません、こいつこうなったら言うこと聞かないんで。ほんと申し訳ないです」

 謝る薫にジョーは急かす。

「なにゴチャゴチャ言ってんだ、おら! とっとと行くぞ」

 ぱらららららららららららーーーーーーーー、と原付特有の軽い排気音と共にジョーは去っていった。

 ……取り残された紅一郎はカーマインに言う。

「どうすんだ、お前」

「ドウッテ、ヤクソクハマモラナクテハイケマセン」

 あくまでマイペースなカーマインだった。

「約束って、お前……」

 頭痛のしてくる紅一郎だった。



 カーマイン達と別れた後、ジョーは黙り込んでいた。心配になった薫は声をかける。

「どーするのジョー、あんなこと言って。大体あんな大っきなバイクに勝てるわけないだろ」

「……ドーピングしてやる」

 ジョーが呟く、薫は意味がわからず、

「へっ?」

 と、間抜けな返事をした。

「ドーピング(違法改造)してあいつをコテンパンにしてやる」

「ちょっと待ってよジョー、ドーピングってそんなことしたら…」

 慌てて止める薫だったが、そんなことを聞くジョーではなかった。

 そんな会話をしながら走る二人の前に、大きな橋が見えてきた。

 その橋の下に、一軒の小屋のような建物がある。小屋には、丹下レーシング倶楽部という看板がかかっていた。

「おっ! 渡りに船とはこの事だ」

 看板を見つけたジョーは薫を急かし、その小屋に向かった。

 小屋は廃墟のような感じで、薫は不安になってくる。

「ねー、ジョー。やっぱり止めようよ」

「うるせーんだよ。このままあいつに負けるわけにはいかねーんだ!」

 意地っ張りなジョーは、薫の言うことなど聞きはしない。

「だれかいねーのかー!」

 小屋の中に向かってジョーは叫んだ。

「だれだ、人ん家の前でゴチャゴチャ言ってんのは」

 そう言いながら中から出てきたのは、頭ははげて縫い目が有り、左眼には眼帯をしている初老のおやじだった。

 おやじは小太りで、服はかなり痛んでいた。しかも膝にはツギアテがしてある。

「おう! おっさん。俺を改造してくれ」

 おもむろにジョーは言った。しかし、バイクが喋るなどとは思わず、おやじは薫に向かって怪訝そうな目をする。

「にーちゃん、うちはバイク専門だ。病院にいきな」

 と、言い放ち手にもった一升瓶をあおった。

「いや、今喋ったのは僕じゃなくて……このスクーターなんです」

 薫はもうどうにでもなれ、という感じでそのおやじに答えた。

 なに言ってやがんだ、という眼をしておやじはジョーに近づき、しげしげと眺め回す。

「なに言ってんだ、スクーターが喋るわきゃ…」

 おやじが喋り終わらないうちに、

「なにジロジロ見てやがんだおっさん」

 再びジョーが喋ったので、おやじは驚き尻餅をついた。

「おぉっ! ほんとにスクーターが喋りよった」

 そんなこんなで、薫とジョーは丹下レーシング倶楽部に入っていった。



 ジョーとカーマインの経緯を聞いたおやじ。このおやじ、段平というらしい。

「なんて酷でー話だ、ガソリンで走るのがクラシックだと!」

 段平はバイクメカニックとしての誇りをなじられたようで、ジョーと同調していた。

「そーなんだよ、やっぱバイクはエンジンで動くもんだよな」

「当たり前だ、あの締め付けられるようなエンジン音、オイルの焼ける臭い。それだけでゾクゾクと鳥肌が立ってくるぜ」

 段平は、うっとりと眼を閉じ陶酔していた。

「それを否定するなんざー、許しちゃーおけねーな。よし、任しときな。ぜってーおめーを勝たしてやるぜ」

 段平はメカニック魂が疼いていた。彼の過去に何が有ったかはここでは語らないが、彼は久しぶりにその血を燃え滾らせていた。

「先ずはエンジンの載せ変えだ。おっと、その前にそこの兄ちゃん」

 ジョーと段平がすっかり盛り上がっていたので、完全に蚊帳の外だった薫だったが、急に段平に振られたのですっかりあわてて。

「えっ、僕っ、ぼくですか~」

「おめー以外に誰がいるんだ」

 呆けている薫に、段平はちょっとむっとしながら。

「俺がこのバイクを弄っている間に、おめーはレースの練習をしてろ」

「練習って言われても…僕、そんなことしたことないです~」

 もっともな答えだった、普通の人はそんなことした事はないだろう。

「なんだ、おめー全くの素人か」

 と、さも普通の人間はレースをしたことがあるのが、当たり前のように言い捨てる。

「しょうがねーな、じゃーこのメモを見ながらやってろ」

 段平は薫に一枚の紙切れを渡し、建物の横にある古いバイクで練習するよう指示した。

 薫は言われるままにバイクに跨り、渡されたメモを読む。

 メモにはいくつかの事が、箇条書きになっていた。

「なになに、明日の為のその一、右手でアクセルを握り締め、捻り込むように回すべし……なんですかこれぇ~?」

 薫は呆れて段平に聞く。

「段平さん? これ……ものすごーーく当たり前の事が書いてあるんですけど」

 しかし段平は、当然と言わんばかりに、

「ボクシング……じゃなかった。レースっていうもんはなー、基本が大切なんだー。ゴチャゴチャ言ってねーで、書いてあるとーりにやってろ」

 と言い捨てて、小屋の中に入ってしまった。

 なんでこんな事にと、薫は自分の運命をちょっと呪った。

 でも、とりあえず言われた通りに練習する薫であった。



 小屋の中では、怪しい改造が続いていた。

「エンジンはこのTZ250のやつだな。んで、チャンバーはこの高回転重視ので。サイレンサーは……おっと、フレームも補強しとかなきゃな」

 などと、独り言を呟きながら段平は、見た目とは裏腹に鮮やかな手付きで作業を進めていた。

 この男、異常なほどマニアックだが、腕のほうはかなり確かだった。

 結局その日は暮れていき、薫はここに泊まることとなった。

 段平は作業があるので、薫は奥の部屋で床につくことになった。

 部屋にはとりあえず、布団が敷いてあったのだが。

「段平さ~ん。なんか、この布団臭うんですけど~」

 と、薫は段平に不満を言う。

 布団は綿がつぶれきった、いわゆるせんべい布団。所々ほころびて、違う柄の布があててある。

 しかも、何年も干した事がないかのように、じっとりとしていた。

「るっせー、贅沢言ってんじゃねー」

 だが、段平は取り合わず、黙々と仕事を続けていた。

「うぅっ、ぼっ、僕ってとっても不幸かも」

 薫はうっすら涙を浮かべ、明日は幸せが待っていますようにと祈りながら、ちょっと臭うせんべい布団で眠るのであった。

 どれくらい眠っただろうか。未だ明けたばかりの柔らかな日差しで薫は目覚めた。

 ぼやけた眼を擦りながら、薫は作業場に向かった。

 そこには、夜通し改造していた段平の姿があった。

「おふぅあようござひまふ」

 まだ目が覚めきっていない薫は、あくびをしながら朝の挨拶をした。

「目が覚めたか、だったら朝のロードワークに行ってこい」

 段平は、薫のことを振り返りもせず、それが当たり前のように言った。

「ふぇっ」

 薫は、なんのこと? と、一瞬理解できなかった。

「ふぇっ、じゃねー。とっとといってこい!」

 徹夜のため、真っ赤に充血した眼で睨む段平は鬼のような形相だった。

「ひっ、ひえーーー、いっ、行ってきまーーーーーーーーす」

 薫はわけも分からず、気迫に押されて飛び出した。

 港町独特の潮の香りと、爽やかな朝の空気を胸一杯に吸い込んで薫は走った。

「…捻り込むように、回すべし、回すべし。…体重を前にかけ、クラッチをつなぐべし、つなぐべし」

 何時の間にか薫は、昨日の練習を反復していた。かなり流されやすい性格だった。

 一時間位走ったろうか。薫は息を弾ませ帰って来た。

「はあっ、はあっ、段平さん、ロードワークおわりましたー」

 段平に帰ってきたことを告げる薫。しかし、段平からの応えがない。

「段平さん?」

 薫は奥の作業場を覗く。と、その時。

「でっ、できたー! やったぜっ、完成だ」

 組みあがったジョーの前で、彼は歓声をあげた。

「出来たんですかー!!」

 それを聞いた薫も駆け寄る。

「おおっ、後はこのコードをバッテリーにつないで…」

 段平は恐る恐るコードをつなぐ。すると、

「…んっ、…んんっ、…ここは、そうだ俺は…」

 ジョーは未だ意識が少し混濁していた。

「ジョー、大丈夫~?」

 薫が声をかける。

「何言ってやがる、俺が改造したんだ。大丈夫に決まってるじゃねーか」

 段平はちょっとむっとしたが、やはりジョーの調子が気になるらしく。

「おい、ジョー。どうだ調子は、ちょっとエンジンかけてみろ」

 段平に急かされ、薫はジョーに跨りエンジンをかける。

 フォンッ!フオォンッフオォォォンッ!!

 まるでGPレーサーのような排気音、素晴らしいレスポンス。

「うっひょーーーーーー!! こりゃースゲーぜおっさん」

 ジョーは余りの自分の変わりように、歓喜の声をあげた。しかし、薫はマシンのパワーにびびっている。

「更にだ、そのハンドルに付いてるボタンを見ろ。そのボタンを押すと」

「押すと?」

 ジョーと薫は、興味津々で訊ねる。

「ニトロがエンジンに流れる」

「はぁ、…で、ニトロってなんです~?」

 渋く極めていたのに、薫の抜けた質問で段平はガクッとこけた。

「にっ、ニトロってのはな、ガソリンなんかとは比べ物にならねー位に爆発するガスだ」

 それでも必死に、渋くなるよう段平は立て直した。

「ただ、これは最後の手段だ。爆発的なパワーと引き換えにリスクも大きい、お前の身体(車体)が持たないかもしれねーんだ」

 悲痛な面持ちで段平は続ける。

「だから、出来る事なら使わねーでほしいんだ」

 そこまで言って、段平は俯き目を伏せた。

「心配すんなっておっさん。こんなすげーパワーがあれば、どんなヤツにも負けやしねーって」

 ジョーはちょっと天狗になっていた。

 そんなジョーを見つめ、段平は心の中で叫ぶのだった。

「世の中そんなに甘かーねーんだ……」



 そしてついにその時は来たのだった。

 多額の税金をかけて埋め立てたこの土地。しかし誘致しても企業はやってこず、荒廃した荒地と化していた。

 そのため、日が暮れるとやってくる人もほとんどなく、不気味なほどの静寂が辺りを包んでいた。

「まだかっ! 未だあいつはこねーのか!!!」

 ジョーはかなり焦れていた。

 有り余るパワーを手に入れて、闘争本能が暴走しているのかも知れない。

 その時、キーンと甲高いモーター音を響かせカーマインと紅一郎がやって来た。

「やあっ、薫君お待たせ」

 紅一郎は、にこやかに挨拶する。

「おまたせっ、じやねーよ。随分まったぜ!」

 ジョーはすぐに突っかかる。

「ヤクソクノジカンハジュウジデシタカラ、マダアトイップンサンジュウビョウアリマスヨ」

 カーマインは、そんなジョーに指摘する。

 ジョーはまたしても痛い所を突かれた。確かに勝手に早く来て待ってたのは、ジョーの責任だった。

 しかし、ジョーはその指摘に腹が立つ。

「うるせーー!! とにかく勝負だっ!!」

「ソレハトモカク、ズイブンスガタガカワリマシタネ」

 カーマインの言葉で、ジョーはちょっと気を良くした。

「ったりめーえだ。どーしてもお前には負けたくねーんだ。負けないだけの身体を作ってきたぜ」

「ソウデスカ、デハハジメマショウカ」

 カーマインの言葉からは、感情が読み取れない。ただ、余り勝ち負けにはこだわってはいないようだった。

「なー、カーマイン。やっぱやるのか?」

 紅一郎は余り乗り気ではない。

「ヤリマス、ヤクソクハマモラナケレバイケマセン」

 やれやれ、困ったもんだと紅一郎はため息を一つ吐く。そして、今度は薫に話しかける。

「薫君、君からも何とか言ってくれないか」

「……アクセルを捻り込むように回すべし、回すべし……」

 しかし、薫はもう入り込んでいた。紅一郎は頭をかかえる。

「しょーがないな、もう止められないようだ。しかし、俺も負けるのは嫌いだ。やるからには勝たせてもらう」

 紅一郎は覚悟を決めた。

「ところで、この勝負誰が判定するんだい?」

 紅一郎は、ふと疑問を口にする。

「その審判役、俺がやろーじゃねーか」

 闇の中から段平が姿を現す。

「俺がそのジョーを改造した段平ってもんだ。闘いをどーしても見届けたくってな。だが、判定は公平にやらせてもらう。安心してくれ」

 段平はやはりジョーの身体が心配らしく、こっそりついて来ていたのだった。

「向こうの信号からここまで丁度四百メートルだ。信号が青になったらスタートだ、いいな?」

 段平の説明に皆頷く。薫一人をのぞいて。

「……体重を前にかけ、クラッチをつなぐべし、つなぐべし……んっ、あれ??」

 突然薫が首を傾げた。

「だっ、段平さん、ジョーにはクラッチが無いですぅ~」

 何を今更、周りの人々は皆こけてしまった。それを見て薫は、

「どっ、どうしたんですか?」

 と、何故皆こけているのか解ってないようだった。

「とっ、とりあえず始めようか」

 紅一郎は、どよーんとした空気を振り払うべく、スタートを促す。

 そして二台はスターティンググリッドについた。なんだかんだといっても、やはりこういう場面は緊張するのだろう。

 辺りの空気が急速に張り詰めてゆく。ドクン、ドクン、と自分の心臓の鼓動がやけに耳につく。

 一秒が永遠にも感じられる。しかしそれでも確実に時間は流れる。

 そしてついに、シグナルは赤から青へと変わった。

 けたたましい爆音を響かせてジョーは飛び出す。対照的にカーマインは静かに走り出だした。

 パワーにものをいわせ飛び出したジョーだったが、フロントは浮き上がりリアタイヤは暴れる。

 そのパワーに怯んだ薫は、一瞬アクセルを戻してしまった。

「何やってんだ、目一杯ふかすんだよ!!」

 ジョーの叱責が飛ぶ。

 モータードライブのため、スタートがやや鈍いカーマインだったが、この間に一気に差を詰める。

 そして二台はゴールを駆け抜けた。

「おっさん! どっちだ!!」

 急いで戻ってきたジョーは段平に聞く。

「同着だ」

 しかし、帰ってきた言葉は彼の期待したものではなかった。

「同着だとー! そんなはずはねーー!!」

 ジョーは食って掛かる。しかし、段平はとりあわない。

「同着だって言ったら同着なんだ!」

 段平の判定は変わらない、渋々ジョーはそれを受け入れる。

「しょーがねーな。おいおまえ! もーいっぺんだ」

 再び二台はスタート地点に戻っていく。

 その途中、カーマインは紅一郎にささやく。

「コウイチロウサン、リミッターヲカットシテクダサイ」

「何言ってんだ、そんなことしたら」

「ワカッテイマス、ゲンカイヲコエテサイアクノバアイ…」

「分かっているなら…」

「デモ、コノママデハマケテシマイマス。ソレハソレデカマイマセン。シカシ、カレハアソコマデガンバッテショウブヲイドンデイマス。コチラモチカラヲダシキラナケレバ…」

 そう言うカーマインの姿は、悲壮な決意が窺えた。

「分かった、お前の決意は固そうだな。ならばもしもの時は、俺が骨は拾ってやろう」

 そう言って、紅一郎はリミッターをカットする。

「ベツニワタシハシヌキデハアリマセン」

 そう言うカーマインの言葉など、もう紅一郎は聞いちゃいなかった。彼は一人、カーマインの決意に滂沱していた。

 再びシグナルが青になるのを待つ二台。またも辺りを緊張が包む。

 そしてシグナルは赤から青へ。今度はリミッターを外したカーマインが素晴らしい加速をする。

 グングン差を付けられるジョー。

「くっそー!! あの野郎~三味線弾いてやがったなー。薫! ニトロだ!!」

「でも、これは最後の手段だって…」

 薫は二の足を踏む。

「馬鹿野郎―――!!! 今使わねーで、何時使うんだーーーーーーーーーー!!!!!」

 有無を言わせぬジョーの気迫、薫は慌ててボタンを押す。瞬間、ジョーの後輪は白煙を上げ暴れる。

「うぎゃーーーーー!!」

 余りのパワーの為、薫は悲鳴を上げる。

「うるせー!! ビビってアクセル戻すなよ!」

 凄まじい加速で追い上げるジョー。ゴールまで後わずかの所でカーマインと並ぶ。

 その時、バチッ!! という音と共にカーマインは減速する。

 フイイイィィィィィィンンン。

 限界を超えた走りに、カーマインはブレーカーが作動したのだった。

「やったぜっ!! この勝負俺の勝ちだーー!!」

 ジョーは、自分の勝利を確信した。

 とその時、今度はジョーが白煙に包まれる。

「うおおおーーーーーーー!!!!!」

 ジョーは痛切な叫びと共にゴールする。

 ジョーもまた、その爆発的なパワーに限界を超え、エンジンが焼きついてしまった。

「じょおおおぉぉぉ、立つんだジョーーー!!」

 段平は涙を流しジョーに駆け寄る。

 道端にうずくまるジョーに、段平はただ涙を流すだけだった。

 そんな段平にジョーは呟く。

「へへっ、おっさんよー、真っ白に燃え尽きたぜ!」

 そう一言呟いて、ジョーは瞼を閉じる。(どこに瞼が?)

「ジョー…」

 段平は、ただ佇むだけだった。

「ジョー!」

 放心状態だった薫が我に返る。

「ジョーー! 大丈夫かい? ねえ、ジョー返事をしてよ~~!」

 薫はジョーにすがりつく。

 じゅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ。

「うわっちちちちち!!!!」

 すがりついた薫の手から白煙が上がった。

「何やってんだよお前は」

 ジョーは冷ややかに声をかけた。

「ジョー、ううっ、いっ、生きてたんだね」

 薫は手の熱さと嬉しさのため、涙と鼻水で顔がグズグズだった。

「当ったり前だ、あんな事で俺が死ぬわけねーだろ」

 そこへカーマインがやってくる。どうやら補助動力で動いているらしい。

「オメデトウ、ジョー。アナタノカチデス」

 カーマインは素直に自分の負けを認める。

「へへっ、まーお前も凄かったぜ」

 ジョーも素直に相手を称えた。どうやら命を賭けた闘いで、友情のようなものが芽生えたらしい。

「マタドコカデオアイシマショウ」

 そうジョーに告げ、カーマインと紅一郎は名残惜しげにその場を去っていった。



 そして翌日。

 薫からの連絡で、ポップがジョーを引き取りにやってきた。

「まったく、無茶しやがってっ!!」

 開口一発、ポップはジョーと薫を怒鳴った。

「帰ったらみっちり説教してやるからな」

 そう言いながら、ジョーを見るポップの目が光る。

「この改造した奴、只者じゃねーな。これだけの腕を持った奴がいるとは……」

 そう言って空を見上げるポップの眼は、何か嬉しそうだった。

 こうして、二人と一台は帰路へと着いたのだった。

 その車内で、ジョーは薫に言う。

「何か忘れている気がするなー」

「そういえばそうだね」

 薫も何か忘れている気がする。

 二人して、それを思い出そうと首を傾げる。

 暫く考え込んだ後、

「あああっーーーーーーー!!!!!」

 二人同時に叫ぶ。その声にポップは急ブレーキを踏んだ。

「急になんて声出しやがんだ!」

「ヒカルちゃんのこと忘れてた~~~!!」

 二人そろってウルウルと、眼を潤ませる。

「何の為にここに来たんだ~~~」

 彼らの叫びは、スッキリと晴れ上がった空へと吸い込まれていく。

 こうして、ジョーと薫のコンサートツアーは終わったのであった。

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