第3話「ものもらいのジョー」

「目がいてぇ」

「え? 何、ジョー」

 ある秋の日のこと。

 薫が仕事から帰ってきて、ジョーに「ただいま」と挨拶をしようとした時。

 ジョーがまたしてもボソリと呟いた。

「どうしたの?」

 薫は今度はどこの調子が悪いんだろうと思いつつ、心配そうに赤白のボディに顔を近づけた。

「どこに目つけてんだよ。目だよ、目!」

 ジョーはすこぶる不機嫌な声だった。

 薫は、「まあ、いつものことだし~」とか思ったが、そういう気持ちはおくびにも出さず、

「ごめん、ごめん。で、目が痛いって?」

「おー、なんかな。目がシバシバして開かねーんだよー」

「シバシバ?」

「あー、それから、なんかよー、グリグリしてるしー」

「グリグリ?」

 薫は思いっきり首をかしげた。

 目が開かないって───いったい、どういうことだろう?

 しかし、いくら考えても、メカのことにはまるっきり知識のない(覚えようともしない)薫だったので、

「ジョー、これはもうおやっさんに見てもらうしかないね」

 と、にっこり微笑んで言った。

「おー、連れてってくれ」

「?」

 薫はますます首をかしげた。

 なんだかジョーらしくないぞ──と。

 いつもなら、「いやだー」とか「虐待受けるー」とか、さんざんわめくくせに、今回はおとなしく連れていけという。

 だが、まあ、ギャーギャーと騒がれないだけマシだよなー。

 そんなふうに思い、薫はすぐに『黒見モーター』へと連れていくことにした。



「あー、あれだな」

 黒見モーターのポップ親父が、ざっとジョーを診察し、開口一番こう言った。

「いわゆるものもらいだ。目薬さしとけばすぐ治るさ」

「はぁぁぁ? ものもらいですかぁ??」

 ポップの言葉にびっくり仰天の薫。

 だいいち、ジョーの目っていったい──どこに?

「あのー、ポップさん。目薬って言いますけど、何をどこにさすんでしょうか?」

「ああん? おまいさん、まだこいつのことわかっちゃねーんだなぁ?」

 とたんに、ポップの十八番が始まった。

「ワシに治せん患者はおらん」

「はい、ごもっともです」

 と、薫もいつものように合いの手を入れる。

「では、偉大なポップさん、いったい具体的にどうすればいいのでしょうか?」

「まず、目ってーのはな、ライトのことだ。で、ものもらいってーのはな、その目ん玉、いわゆる電球だな。そのソケットが錆びてんだ。だから目薬、CRC-5-56でもスプレーして拭いてみな。錆びが取れて接点が回復すれば完治だ。ハッハッハー」

「はぁ……」

 ようはソケットが錆びてんだな──もっと普通の人にわかるように説明できないんだろうか、この人は。

 と、思いつつも、何も言えない薫。

 まあ、ともあれ素直な薫は、言われた通りに作業を行い、ジョーの目を治してやったのであった。

「おー、薫~、治った治ったー、よーく見えるぞー。さすがポップの親父だなー。さっ、帰るぞ」

(相変わらず、ワンマンでマイペースなジョーだよなぁ)

 いつのまにかジョーの病院嫌いも直って、多少ホッとしている薫なのであった。

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