第2話「物思いのジョー」

「俺ってやっぱどっか変なのかなー」

「へ?」

 薫はジョーの言葉に首を傾げた。

 思わず、また何を言いだすんだと思いっきり身構える。

「はぁ~」

「………」

 だが、ため息をつくジョーを見つめながら、薫はそういえばと思い出す。

 田舎町での浜崎ヒカルのコンサートに行った時、自分たちはジョーのように話ができるバイクに出会った。

 で、いろいろと揉め事はあったものの、一件落着してこっちに帰ってきたのだが、あの頃からどうもジョーの様子がおかしかった。

 変に黙りこくったり、時々妙に気弱なことを言ってみたり───

 そんなに気にはしていなかったが、もしかして自分と同じように喋るバイクと出会ってナーバスになってるのかもしれない。

 薫は少し心配になってきた。

「どうしたんだよ、ジョー。お前らしくないじゃないか。変っていったって、それは当たり前のことだろ。お前みたいに喋るバイクなんていないんだからさ。考えてもみなよ。それってすごいことだろ。気落ちするなんてジョーらしくないよ。元気出しなよ」

「やっぱり変なんだ」

 思い詰めたような声。

 しまったかも───薫は顔をしかめた。

 人間でも、ずーんと落ち込んでる時は、どんな言葉も慰めにならない時がある。

 それどころか、相手がいいように言ってくれた言葉が、思わぬ傷になっしまうこともあるのだ。

(でも、どうすればいいんだよ)

 いまだに薫は自分を情けない男だと思っていた。

 でも、ジョーさえいつものように高飛車でいてくれれば、なんだかこっちまで何でもできそうなに気分になるのだ。

 それだけジョーの影響力はすごいということだ。

 だから、ジョーがこんなふうに落ち込んでたりすると、とたんにどうしていいかわからなくなってしまう薫であった。

「と、とにかく……落ち込んでたってしようがないよ。今日は僕とちょっとドライブしようよ。ヒカルちゃんでなくて不満かもしれないけれど」

「そうだな。たまには薫とデートでもするか……」

「…………」

 やっぱりヤバイかも。

 ジョーが男とドライブするなんて、普通じゃ考えられない。

 薫は本気で心配になってきた。

 

 

 峠のスタンドにやって来た。

「ジョーの親分、いらっしゃいませ。ご機嫌はいかがですか?」

 スタンドの店長は例の事件の時の店長だった。

 今ではすっかり心を入替え、とても良心的な経営をしている。

 しかも、ジョーは永久的にロハでガソリンを入れることができる。(おいおい、いいんかい、そんなんで)

「おー……」

 だが、やはり声に力がない。

 店長も怪訝そうな顔になって、

「どうしたんすか? 大将は?」

「うん。ちょっとね…物思いの秋ってとこかな?」

「はぁ……」

 店長は何だかよくわからないと言った表情を見せたが、ジョーに向かって明るく声をかけた。

「元気出してくださいよ、親分」

 ガゴンという音をさせて、タンクのふたを開け、ガソリンを注ぎ込む。

 ゆっくりとメーターが回り始め──

(あれ?)

 いつものレギュラーじゃない?

 薫が怪訝そうな顔をすると、店長はウィンクしながら言った。

「いいんでさ、薫のだんな。親分に元気になってもらえるなら、今日はハイオク、サービスしちゃいますぜ」

「店長さん…」

 薫は思わずうるうる。

 そうして、薫はしばらくジョーと街中をぐるりと回って家路についた。

 

 

 といっても───

 ドライブをしても結局ジョーの沈んだ心は浮上しなかった。

 薫もちょっと意気消沈。

「じゃ、僕行くよ」

「ああ。またな」

 自転車小屋で別れを告げると、薫はとぼとぼとマンション内に入った。

「あれ?」

 見るとポストに何か入ってる。

 大きさと重さから見てどうやら手紙とは違うようだ。

「はて、なんだろう」

 送り主は───

「ああ、紅一郎さんだ」

 小さな港町で知り合った、もう一台の喋るバイクの持ち主だった。

 薫は何かしらと思いつつ、部屋に戻り包みを開けてみた。

 中から出てきたのはビデオだった。

「?」

 薫はまず、リビングにある29型TVで見るためデッキにテープを突っ込んだ。

 そして、しばらく見てから───

 ダダダダダダ─────!!!

 彼は携帯用のテレビデオを抱えて飛び出していった。

 いったい何だったのか。

「ジョー!!」

 薫はハァハァと息を切らしながらジョーの前にやってきた。

「いったい何だよ……それってTVじゃんか」

「とにかく、これ見て!!」

 薫はずずいと液晶画面をジョーの方へ向けた。

「やあ、薫くん」

 そこには片手を上げ、爽やかな微笑を浮かべる紅一郎の顔が映っていた。

 画面の彼は続ける。

「この間は本当に楽しかった。この世に喋るバイクがいたとは驚いたがね」

「お前のバイクもそーだろーが…」

 ぶつぶつとジョーは呟く。

「実は、俺の仲間の黄河ってやつが新しいビデオカメラを買ったもんで、ちょっと写してもらったんだ。それで、君にビデオレターを送ってみようと思ってね。あ、そうそう。ジョーくんは元気かな? うちのカーマインからメッセージがあるんだよ」

 それから画面は紅一郎からカーマインに変わった。

 嫌味なくらいに輝く白と赤のツートンカラーのボディ。ジョーと同じだ。

「ゴキゲンハイカガデスカ? コノアイダハオシクモワタシガマケマシタガ、モシマタコチラニオイデノサイハ、ショウブイタシマショウ。コンドハワタシモマケマセンヨ」

 相変わらず機械的な喋り方だ、と薫は思った。

 すると───

「おーおーおーじょーとじゃねーかっ!!」

 ジョーの啖呵を切る声が上がり、薫は「やった!」と小さくガッツポーズをした。

「今度だって俺の勝ちだ!! お高く止まった、てめーなんざに負けてたまるかよっ!!」

 まるで指でもおっ立てんばかりの勢いだった。

 だが、薫には、ジョーの声に抑えきれない喜びが滲み出しているのをなぜか感じとっていた。

 そうしてジョーは意味もなく笑い出す。

「ふははははははははぁぁぁぁ──────!!!」

 だが、薫は、いつまでも高笑いするジョーをニコニコとした顔で見守っていた。

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