思い出の楽譜
囲会多マッキー
第1話
「もう少し、アレンジ加えていいよ?」
「でも、これ……」
「確かに今の叩き方は楽譜通りだけど、これはコンクールじゃない」
「そうですけど……」
「私もそうだった。あなたと同じで楽譜通りに叩いていた」
これは先輩からの最後の言葉だった。とうとう私が言う番になるのか……。しかし、私は先輩と同じように沫雪の降るときに話したい。今は私が参考にしている楽譜の先輩のように———
「しばらく、考えてみればいいよ。たくさん悩んでみな」
「なんで今教えてくれないんですか……?」
「それも分かる日が来るよ」
私は窓をドン、と勢いよく開けた。外から薫風が吹いてくる窓の、縁に寄りかかった。あの時の彼のように。
「それじゃあ、もう一回やってみようか。フォーカウントね。ワン、ツー、スリーフォー……」
昔の私にそっくりだった。本当に私と同じことを言ってくる人間がまだ居たんですね……。でも、私も先輩みたいに泣かされる時が来るのかな。泣かされる日が来ても私は、先輩に追いつけないと思う。あの、先輩に追いつけるわけがない。
初めて会ったときは奥にある埃臭い物置で掃除をしていた。彼に追いつける日はもう来ない。
「先輩……!」
後輩が私に微笑んできた。
———ごめんなさい、先輩には確実に追いつけません。
———私は、先輩みたいに素直に褒められないです。
「うん。大丈夫だね。最初だし、まぁ……これでいいか」
「なんか、まだ不満があるような言い方……」
「もちろんあるよ。でも、頑張ったから、また明日にしようか」
「まだあるんですか……。だったら、まだやりますよ! やってやりますよ!」
やっぱり、先輩のようにはなれませんね。私は私のやり方でやらせてもらいます。
「いや、ダメ。私だって叩きたいから」
「えぇ……!? だって、まだ細かいところが……」
「明日もあるから、大丈夫。今日の目標点には十分到達しているから……さ?」
「そうですか……じゃあ、また明日よろしくお願いします」
「はーい。気を付けて帰るんだよ~」
ドラムの椅子に座った私は日記を取り出した。その日記に今日のことを書いていく。アドバイスと一緒に、私の思ったことも書いていった。
「……あの頃の先輩もこう思っていたのかな」
楽譜を見ないである曲をたたき始めた。有名なジャズの一曲だが、最後のあの演奏のように叩きたい。だから、私はこのドラムで練習を始めた。
『
『……え?
少し居眠りをしてしまったようだ。昔を振り返るために先輩の日記を読み返してみる。その最後のページに、楽譜が挟まっていた。どの曲でもない、とても短い手書きの楽譜。私はその楽譜のことが気になった。
まるで、私への最後のアドバイスのようだったからである。楽譜通りに叩くと、懐かしい曲が流れてきた。それは、先輩がグロッケンで叩いていたオリジナルの曲だった。最後のクライマックスのときには、だんだんと体がゾクゾクして、視界がぼやけてくる。なんで、最後にこんなことを書くのだろうか。「フィルイン」と書かれた最後は、私へのメッセージだったのである。ずいぶんと投げやりな作曲者だ。
「……わかりましたよ。先輩」
この曲が先輩のいる空に届くように……しっかりと響くように……そして、自分なりの答えが見つかるように……。
その答えは、作曲者である先輩しかわからない。でも、私の答えが間違っていたとしても先輩は、私を褒めるのだろう。何故、この楽譜を遺して行ったのですか?
———せっかく気持ちの整理がついたのに。
思い出の楽譜 囲会多マッキー @makky20030217
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