窓の向こう

亜未田久志

二人の想像神話


 海の描写が綺麗な作品だった。

 俺の頭には、その光景が浮かんで来た。

 太陽を乱反射して光る水面の向こう空と海の境、水平線が見えた。

 そう

 俺は一旦、本から顔をあげて窓のほうを見ていた。

「ふむ、やっぱ夏は海だな」

 感慨深げに呟く。

 しかし、俺の隣にいた同い年くらいの少女は不快そうに顔をしかめていた。

「ちょっとカタリ! 海なんて作ったら潮風が入ってくるじゃない!」

 ヘッドホンをしたままこっちに文句を言ってくる。

 カタリと呼ばれた少年は肩をすくめて、手を広げてやれやれのポーズ。

「海の良さが分からんとは、バーグ、そんなヘッドホンをしていたらこの波の音が聞こえんだろう、ほら聞いてみろ癒されるぞ」

 ちゃんと聞こえるように大声で話す。

 しぶしぶといった様子でヘッドホンを外すバーグと呼ばれたAI少女。

「……ていうか、なんか磯臭い!」

 文句ばっかりである。

「じゃあお前はどうするんだ?」

 カタリは、わざと挑発するように言った。

「そうね、やっぱり夏は山よ! 青々とした木々に、静かに流れる涼しげな川!」

 そう言って彼女は手元のルーズリーフに今語った言葉を書き綴る。

 するとどうだろうか、先ほどまで海だった窓の外の景色は、まさしく青々とした山に変わっているではないか!

「ふむ、悪くないな」

 素直に感想を述べた。

「上から目線」

 またしてもバーグは不満げだ。

 とりあえずは山の息吹を感じながら、読書に戻ることにした。

 ……海が舞台なので少し違和感があるがまあ仕方なし。

 しばらく、ページをめくる音と、シャーペンの筆記のカリカリという音が断続的に部屋の中に響く。

 すると、窓の外が少し暗くなった。

 空に暗雲が垂れ込めてきた。

「しまった。山の天気は変わりやすい! 雨が降る前に『改変』するぞ、いいな?」

 急いで自分の横にあった本を取る。

 何かも確認せずに読み始めて頭の中にその情景を思い浮かべる。

 それは――――

「これなに?」

「砂漠、だな」

 果てまで砂しかない大砂漠であった。

 砂漠が舞台のサバイバルモノを手に取ったらしい。

 砂漠に一人という孤独感が伝わってくるような真に迫る描写だった。

「うえっぺ、風に乗って砂が! もう窓閉めるよ!」

 彼女が、がらがらがらと音を立てて窓を閉めた。

「まあ、雨に濡れるよりいいだろう」

「家の中なんだから。中まで入ってこないわよ!」

 ……言われてみれば。

「いやでも、山の雨は、普通のとは違ってだな……」

「もういいでしょ、砂漠に変わったんだから、ほらちゃんと読みなさいよ」

 なんだかんだいっても本に対しては真摯な少女である。

 書く側だからこそ、読むという行為の大切さを知っているのかもしれない。

 そうして再び、俺達は書いて読む行為に耽っていく。

 その時は、まだ俺たちは気づいていなかった。

 実はこの砂漠が、だということを。

 さて、異世界のモンスターと出遭ってしまうまでに、俺達は次の世界に出会えるのだろうか。

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窓の向こう 亜未田久志 @abky-6102

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