白永エマ追悼公演
小川草閉
悪夢みたいにそっくりだと思わねえか。
この目も、頬も、口も──全部同じだ。姉ちゃんと一緒。信じらんない、ああ、笑えてくるね。この頃よく考えるのさ、なんかの手違いで2人の人間に生まれてきただけだって。私たちは元々1人の人間だった。どうしてか分かたれたあとは、姉ちゃんが善性と、全ての美しいものを持って生まれた。私は悪性と全ての苦難だ。そう思わないか? 思わない? まあどうでもいいけどよ。
上演は9時からだったよな? まだ時間があるな。退屈だよ。芝居ってのはくだらねえもんだと思ってたが、そのくだらねえもんにもいろいろと準備がいるんだな。ああ? はいはい。新進気鋭の女優がそんなこと言っちゃいけねえよな。わかってるって。
白永エマ。怪物なみいる芸能界において、きら星のように現れた若手のホープ。本名は──まあ、もういらねえよな。透き通るような美貌だけでなく、類を見ない演技力を兼ね備えた新世代の至宝。あーあ、自分で言っててやになってくるよ。歯ァ浮きそう。あ? はァそうですね。『白永エマは足を組まない』『白永エマはそんな伝法な口調じゃない』『白永エマは──』あ、もういい? 全部お前が教えてくれたことだもんな、田中。
恨んじゃいねえさ。誰のことも恨んでないよ。むしろお前には感謝してるんだ。私は何も知らない子どもだった。姉ちゃんが死んで、何も手につかなかった。復讐なんて思いもよらなかった。それを、引っ張り出して、ここまで連れてきてくれたのはお前だよ。たとえお前が姉ちゃんの──白永エマのそっくりさんが欲しかっただけだとしてもな。そこはほら、利害の一致というやつさ。
なあ。
なんで姉ちゃんは死ななきゃいけなかったんだろうな。
姉ちゃんは、なんでも出来るひとだった。頭がよかったし、そんでとびきり優しかった。それから死ぬほど綺麗だった。顔同じだろって? 分かってねえの。内側から滲み出てくるもんが違うんだよ。年なんか全然変わんないのに、頑張って私の親代わりになってくれてさ。そこらへんでふんぞり返ってる総理大臣なんかより、よっぽど偉かった。だから姉ちゃんが女優になるって聞いた時は嬉しかったよ。これで姉ちゃんがどんだけすごい人か日本中が分かってくれる。私たちを捨てた親も、高慢ちきのシスター達も、孤児院のクソガキ共も見返してやれるって。
なのにさ。
姉ちゃんはカスみたいに死んだ。帰ってきたのはドレスを着た大女優じゃなくて、ボロ雑巾のような死体だった。お巡りさんは通り魔だって言ってたけど、それじゃ指がなくなってる理由がつかねえやな。ただの通りすがりが人差し指まで持っていくかよ。
田中。お前は教えてくれたよな。
芸能界には魔物がいる。若い女が大好きな魔物だ。そいつらはバックボーンのない女優を見つけては食い散らかす──あとには骨も残らない。警察関係者も混じってるから、人1人くらい殺したって罪には問われないんだと。
姉ちゃんは殺されたんだ。
薄汚いおっさん共に。無関心を貫いた事務所の人間に。姉ちゃんを売り渡した有象無象の女どもに。
シスターはよく言ってたよ。この世界で起きる全てのことは神の御心のままに。一見辛いようなことも、神の賜べ給うた乗り越えるべき試練なのです、ってさ。
おっかしいよなあ。神様なんかいねえよ。いたらなんでこんなことになるんだよ。そんな神様なんかいらない。それでも神様がいるとしたら、それは姉ちゃんだけだ。私の神様は姉ちゃんだった。なあおかしいだろ。なんで神様が犬死にしなきゃいけないんだよ。全ての美しいものは姉ちゃんのためだったのに。そのためなら、私は全部の泥をおっ被ったって良かったんだ。
……わかってるよ。悲しんでる暇はない。私たちにはやるべきことがある。今日はその始まりでしかないってさ。
なあ、田中。最初はあんたのこと頭がおかしいやつだって思ったよ。私の顔を見るなり「白永エマは死んでない」だもんな。でも今じゃこの上ない共犯者だ。ありがとう。顔のそっくりな人間を見つけて白永エマに仕立て上げる──そうだな、実現すればこれ以上ない恐怖を犯人共に与えるだろうな。全部お膳立てしてくれたのはお前だ。あとは私が完璧にやり通せばいい。
ああ、屑共の驚いた顔が目に浮かぶよ! 殺した女が舞台の上にいるなんて、どんな気分なんだろうな? でもしょうがないよな? 主演の座は元々白永エマのものだった。身勝手に嫉妬して、姉ちゃんを売り渡して、そうして代役を奪い取った三流女優は今頃海の底さ。そうだろ? 今朝沈めたもんな。
ついに我々も人殺し。もうあとには戻れないな。でもちょうどいいじゃないか。唯一の家族を奪われた女と、愛した女を守れなかった男。これからは一蓮托生だ。破れ鍋に綴じ蓋で三文映画ぐらいにはなるだろうさ。
ん? なんだその顔。気付かれてないとでも思ったのかよ。バレバレだったぜ。解るよ。ただのマネージャーがこんな復讐劇やろうとするもんか。それに姉ちゃん、いい女だもんな。
さあ──全員殺そう。
姉ちゃんを笑いながら犯したやつ。
姉ちゃんの体を叩いて喜んだやつ。
姉ちゃんに苦しみをあたえたやつ。
あいつらに眠れない夜と、至上の苦痛と、報いを届けてやる。
これから始まるんだ。復讐だよ。そのためなら私はなんだってする。命だって払うさ。
今から私は死んで、白永エマになるんだ。
……田中さん?
大丈夫ですか。汗が凄いですよ。
マネージャーのあなたが私より緊張してどうするんですか。
ええ、そう、わたしは白永エマ。地獄の底から蘇ってきた女。忘れたなんて言わせませんよ。これからお目見えするのはわたしの最初で最後の大舞台。あなたの書いた復讐劇を演じきってみせましょう。終われば塵に帰る身ですが、終演まで付き合ってくださいますか。
──そうですか。ありがとうございます。
では行きましょう、田中さん。
もうじき幕が上がります。
白永エマ追悼公演 小川草閉 @callitnight
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます