おかしなかんちがい

亜未田久志

勘違いが魅せた幻


 そこには一つの物体があった。

 それは一つの人間だった。

 指向性を持たずに無軌道に動く人間は、名前を「九重祝太ここのえしゅうた」といった。

 祝太は当てもなく町をふらつく。

 その町は何の変哲もないところだ。

 ぽつぽつと店があり、家があり、たまに工場があり、広場がある。

 ふと公園にたどり着く。

 なんとなく祝太はブランコに乗る事にした。


 彼、九重祝太は今日が誕生日だった。

 ちょうど九歳の誕生日。

 

 


 しかし、祝太はそれを嬉しく思っていなかった。

 誕生日のケーキも、プレゼントも全然楽しみではなかった。

 それは彼が実に子供らしい勘違いをしているからだった。

 彼は数字の意味を知っている。

 祝太は頭が良く、重ねるの意味も知っている。

 歳を重ねるという言葉も意味も知っている。

 自分は九回、歳を重ねてしまった。

 じゃあもう、

 そんなおかしな悩みを抱えて、せっかくの休みをふらふらと歩き回った挙句に公園でブランコに揺れて黄昏ていた。

 と、そこに一人の少年が公園へと入ってくる。

 祝太に気づくと手を振ってきた。

「大和……」

 友人の高砂大和たかさごやまとだった。

 彼はとても明るく、どんな悩みも持たないような太陽のような人間だった。

「おお! 祝太! どうした暗い顔して。今日、お前の誕生日だろ? みんな誕生日会楽しみにしてるんだぜ?」

 祝太は意を決して、悩みを打ち明ける事にした。


「自分が『九重祝太』じゃなくなる~? なんじゃそりゃ」

「だってそうだろ! もうこれで九回目だ。次から僕は何祝太なんだ!」

「さあ、十重じゅうじゅうとか? なんてな」

 小学生の二人は十重とえという言葉を知らなかった。

「それじゃお父さんとお母さんの子供じゃなくなっちゃうよ!」

 子供ながらに名字が同じ意味というのを理解していた祝太。

 クラスに親が離婚し、名字の変わった子がいたからというのもあるが。

「……あのな祝太。家族ってのは名前が変わったぐらいで変わるもんじゃないぜ?」

 子供の会話は見当違いな方向へと進んでいく。

「ホントに?」

「ああ、ホントさ。現に俺の叔父さんは離婚しちゃったけど、その後もたまに会って姪の美沙みさと仲良くしてるぜ?」

「……そっか、名前が変わっても、家族のままなんだ」

「そうだぜ祝太! 今日は盛大に祝おう! お前の誕生日をさ!」

「うん!」

 二人は急いで、祝太の家へと帰る事にした。

 いつも通りに見えた、いや、いつもより寂しく見えていた町並みが、先ほどまでとは打って変わって、色鮮やかに見える。

 いつもの店が高級店に見えた。

 ただの家が豪邸に見えた。

 工場が、ヒーローの秘密基地に見えた。

 振り返る。

 先ほどまでいた公園は、小さく見えたが、何故だかそれも相まって遊園地の如く見えた。

 全ては祝太の見た幻だ。勘違いだ。

 彼は少し賢かったばかりに変な勘違いをした。

 でも、そのおかげで、彼は素敵な幻を見た。

 なら、それでいいではないか。

 

 九重の家に着く。

「ただいま!」

「おじゃまします!」

 二人して駆け足で入る。

「おかえり祝太。誕生会の準備、もうちょっと待ってね」

「ねえお母さん」

「なあに?」

「僕、十重じゅうじゅう祝太になってもお母さんとお父さんの子供だからね!」

「……じゅうじゅう?」

 祝太の両親がそのおかしな勘違いに気付くのはもう少し後の話だった。

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