恋は三年で終わない
真己
第1話
「3周年乾杯!」
東京の夜景を見渡せるレストランで、二人の女がシャンパンを交わした。高級ホテルの中に併設されたここに、人気は少なく、まるで、二人きりのようだった。
シャンパンを一口に飲んで、一人がしゃべりだす。
「ヘレン・フィッシャー曰わく、「多くの場合において、愛は3年程度で終わってしまう」んだそうよ」
まだ少しだけ幼さの残る片方が、分かりやすく、顔を歪ませた。
「またその話ですか、先輩」
「ええ」
整えられた指先が、シャンパンをくるりと回す。
「脳科学的には、「好き」という恋愛感情はドーパミンの分泌の結果得られるものだという事がわかっているわ。まあ、つまるところ脳内麻薬によるドーピング反応ってことよ」
始まってしまった講義に耳を傾けるふりをして、後輩は食事にかぶりつく。
「そして、そのドーピングの持続期間はせいぜい3年ぐらいが関の山で、初めはあんなにも胸をときめかせてくれた「恋」という感情も、徐々に終わりを迎えてしまう。恋の始まりは突然だけど、終わりは決まっているの」
口元のソースを舌でなめ、挙手した。
「なっとくできませんー!」
「恋心がいかに不安定なものなのか、あなただってわかるでしょ? 恋心が持続しないのは、片思いからだって証明できるわ。あなたが今まで生きてきて、好きになった人の顔を思い浮かべてみて。その人の事を好きになった昔と同じぐらい、今もあなたはその人が好き? 同じ熱量の感情を持ち続けられている? ……そんな存在、いないでしょ?」
寂しくも、美しい微笑で先輩は続ける。
「悲しいけれど恋心は長くは持続できないものなのよ。恋は確かに、素敵で情熱的はあるかもしれないけど、同時にすっごく脆いものなの」
ルージュのはいった唇が、ふぅーと、グラスに息をかけた。
「だから、私は恋なんて信じない」
最後まで聞き終わると、後輩はぷーと頬を膨らませた。
「言いたいことが二つ。まず、私が先輩を好きになるったのが初恋なので、他の人のことなんて知りません。」
グラスを、思いっきり煽った。
「もう一つ。先輩が恋を信じなくても、私は信じてます。だから、こうやって、賭けをしてたんじゃないですか。初めて、告白したときもそう言われたから、」
「ーー三年間、私がずっと先輩を好きだったら、私の愛を信じるって、約束しましたよね」
「ええ、したわ」
「私、ホテルのキー、持ってるんですよ?」
「そう」
「今日のために、最高のセッティングをしたんですよ!」
「料理、とっても美味しかったわ」
とっさに浮かんだ、にやけた笑顔をなんとか打ち消して、後輩はテーブルの上の先輩の手を握った。
「それでも、私に「YES」って行ってくれないんですか?」
「世界的にも、カップルが離婚するのは四年目らしいわ」
相も変わらず、大人の微笑みで、後輩をかわす。
口をとがらせた。
「私、先輩と愛し合うつもりまんまんだったのに」
「あら、残念だったわ」
「先輩のバカ、バカ、……大好き。もういいです、ならどうせあと一年ですから!」
バックを持って、立ち上がる。
「ちょっと、泣いてきます!! 泣いちゃいますから、先輩が好きだから!!!」
言葉通り、ぐすぐす鼻を鳴らして、後輩はレストルームに向かった。
「臆病者の先輩を許してね。……大人になると、怖いのよ」
後輩のグラスを取る。ちゅっ、と音を立てて、唇が触れた
「逃げられるのも、あと一年になっちゃった」
恋は三年で終わない 真己 @green-eyed-monster
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