第6話 イア

「あら、学校行ってたの?」


 玄関から出てきた遙は思いのほか元気そうだったが、少し声がくぐもっている様だった。

「どうしたの? 上がりなさいよ」

モコモコの部屋着のまま手招きする遙。

 なんだか仕草もゆっくりに見え、表情には出さないが疲れが残っている様だった。


「何か、遙の家に上がるのも久しぶりだな」

 遙の部屋は、俺の記憶から様変わりしていた。

 ぬいぐるみで溢れていた筈の本棚には、『世界の超常現象』『ロストテクノロジー』などの書籍が敷き詰まっていて……。

「何だか、男の部屋みたいだな」

 ふと口から出た言葉だったが、遙は「そんな事無いわよ! ホラ、熊吾郎もいるでしょ!」と、顔を赤くする。


 そんな遙が指差さしたベットの上には、太い眉毛をしたクマの人形が座っていた。

 昔よくやった、おままごとで『子供役』だった熊吾郎だ。

 遙がテーブルに紅茶が入ったカップを置くと、部屋に良い香りが広がる。


「ところで、何かあったのか?」

 見た目は気丈であるが、何か不安な事があるのかも知れない。 そう思ったのは虫の知らせだったのか、どうやら当っていたらしい。

「うん…ごめんね、昨日変な夢見ちゃって」と、遙が切り出す。

「昨日、帰った後すぐに寝ちゃったんだけど、その時の夢が異常にリアルで……」

 遙の不安そうな表情が良い夢でなかった事を物語っている。


 夢の内容は、暗闇の中、『女性に話しかけられた』というもので、このまま『SS』の調査を続ければ俺に待っているのは『死』と、その女性が言ったそうだ。

「それは…昨日の出来事があったからじゃないのか?」

 疲弊した精神状況で見た夢かと尋ねたが、遙は顔をこわばらせて続けた。


「それがね、夢じゃない様な感覚で、ほっぺたを抓ると……痛かったの。 そして、そのひとは夢で無い証拠にって、一つ予言したわ。 ああ、こんな事って……」

 俺が無意識に熊吾郎の頭を撫でていたのを見て遙がいう。

「奏太が熊吾郎を撫でると、左目が取れるだろうって……」

 !!!

熊吾郎に目を向けると、遙の言うとおりの……。

「え?! いや、ゴメン」

 それを目の当たりにした遙の顔が青くなっていく。

 そして、震える声で言った。

「奏太、『SS』の件は忘れましょう。早くアプリを消して!」

 遙の狼狽ぶりからして、他にも良からぬ話があったようだ。


「他に何を言われたんだ? 言ってみろよ」

 遙は俯き小声で呟く。

「何で……私達なのよ」と。

 そして、『ふぅっ』っと深呼吸の後、意を決した様に俺に視線を向けると、こう言った。

「奏太、よく聞いてね。私達は選ばないといけないみたい。『逃げる』か、『戦う』かを……」


 遙の話は信じ難い内容だった。

夢で出会った女がいうには、この社会現象となった『突然死』は、この国を乗っ取る為の作戦…いや、戦争なのだと。

 ただでさえ、少子高齢化が進む現代において、若者が減るという事はつまり、この国の『死』を意味する。

 弱りきったこの国に、首謀国が支援という名目で若者を移住させれ、国を民族ごと乗っ取る…それが目的なのだと。


「遙…逃げる選択というのは、見てみぬふりをして、これからの日常を過ごすというのは分かった。もし、戦うという選択があれば、方法はあるのか?」

 その問いに対し、遙は無言で頷き、おもむろに自分のスマートフォンを俺に向ける。

そこには、『IA』という見慣れないアイコンが表示されていた。


「夢の中の女…『イア』って名乗っていたわ。そして、このアプリはウイルスだって。 戦う方法は、『SS』を配信している『エリクサー』のサーバーに、このスマートフォンを直接接続させる事……だって」


「つまり、そのウイルスアプリで、『SS』を破壊したらいいって事か。でも、そんな事は警察の仕事だろ? 俺たちが、証拠を掴んで、大人に動いて貰ったらいいんじゃないか?」

 俺の言葉に、遙は首を振りながら口を開く。

「駄目なの。 そもそも、首謀国の内通者が警察にもたくさん居るんだって。そして、イアは言ったわ、証拠を掴んで公表したあなたは、その時点で間違いなく殺されるって」


 部屋を覆う不穏な空気。 それを振り払う様に俺は明るく遙に提案をした。

「なあ、遙、明日相談しないか?」

「相談って?」

 そう、俺達には良い相談相手がいるじゃないか…まさにうってつけの。


「そういう事は大好物だろ?『オカ研』は」


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