第5話 異変
『……ですので、作者は戦争の虚しさをこの文に込めたのです……』
教室の外、澄み切った青空には柔らかそうな雲が浮かんでいた。
頬杖をついたまま、ただ、それとなく眺めてはいるが、脳裏から昨夜の光景が離れようとしない。 もちろん、授業の内容なんて今日は一切入ってこなかった。
こんな事なら、遙の様に今日は休めば良かったかな? 公欠扱いして貰えたらしいし…。
ふと、遙は大丈夫かな、と、脳裏をかすめる。 昨晩はかなり顔色も悪かった。
短く感じた楽しい歓迎会の後は、反して長く辛いものになってしまった。
遙が連絡した救急車で倒れた少女と共に病院に向かう事にした。 倒れた状況を医師に伝えねばならないと思ったからだ。
その後、蘇生措置の甲斐も虚しく、駆けつけた母親が変わり果てた娘の姿を抱きしめ嗚咽を漏らす様は見るに耐えないものがあった。
死因は『突然死』。 特徴である脳の老化が顕著に現れていたのだという。
疑いようがない、『SS』が原因そのものではないか……。
しばらくののち、訪れた刑事に見たままの現象をを説明したが、「可哀想に…大変な目にあって頭が混乱しているんだね」と、まともに取り合ってくれなかった。
「冗談じゃ無い! 俺は見たんだ!『SS』が自動的に消去されていくのを!」声を荒げてしまった為、隣に座っていた遙が、ビクッっと肩を震わせたのを覚えている。
しかし、刑事は穏やかな表情を崩すことなく、「佐々木君、今日はゆっくり休みなさい。遅くまで協力してもらって悪かったね」
と、全く聞く耳持たずといった様子だった。
「親御さんも迎えに来てくれたみたいだし、気を付けて帰るんだよ」
刑事は視線を俺の後ろに投げかけるとそう言った。知らぬ間に俺と遙の両親が迎えに来ていたのだ。
警察は、亡くなった少女のスマートフォンを解析するだろう。しかし、この数年で、突然死と『SS』の関係性は発表されていない。
きっと今回も、証拠を掴むことが出来ないだろう。
「おーい、奏太? 生きてるか?」
声を掛けてきたのは瀧本だった。 いつの間にか授業は終わり、休憩時間となっていた。
──いよいよ、帰ったほうが良いみたいだな。
「昨日は大変だったらしいな、突然死の現場に居たんだって?」
「ああ、まさかこの目で目撃するとは思わなかったよ…そういえば、瀧本は、『SS』ってアプリ知ってるか?」
俺の言葉に、瀧本が目を見開く。
「おっ、いきなりだな。前言ってた件、杉田に聞いてみたんだがな。 突然死の原因が、その『SS』だって言ってたんだ。 でもな、使っていたスマホにそのアプリを使用した形跡がなかったんだと」
そう、俺は昨夜見たんだ……。自動的にアンインストールされていくのを。
「調べてくれたんだな。ありがとう。瀧本もそのアプリ使わない方がいいぞ」
にわかに信じ難い話だとは思うが、俺の中で疑心は既に確信へと変わっていた。
「お前もな、どうやら、その『SS』って、課金機能の他にも、凄くハイになるみたいで、ハマると辞められなくなるらしいしな」
それは初耳の情報だった。
つまり、一回の使用で死ぬ訳ではないという事か?
そんな中、『ぐうぅ』という音がなる。
発生場所は……俺の腹だった。
「わりい、ちょっと購買行ってくるわ」
そういえば朝から何も食べてなかったからな。 何か腹に入れれば頭がスッキリするかもしれない。
購買に向かう途中、歩きながら『SS』を立ち上げる。突然死の原因…でも、どういう原理で…? 何の目的の為に…?
開発元の(財)エリクサーについて、昨夜一通り調べたが、国内の恵まれない子供たちへの支援から、発展途上国への援助等、人に危害を与えるどころかその反対、人道支援を主とする団体だった。
「きっと、『SS』を試したいって言ったら、遙は止めるだろうな」
誰に向かって言うでも無く、一人呟く。
一度では死に至らない……。
試して…みるか……。
目の前の画面には『課金補助を行いますか?』と、表示されている。
自分の心臓の音が耳の奥に響くのが聞こえる。少しだけだ……。 異変があるようだったら、すぐに頭から離せばいいだろう。
そう、『突然死』の原因を突き止める為、
昨日目の前で魂をもぎ取られた少女の様な被害者を救えるのかも知れないんだ。
そろりとスマホを頭に近づける……と。
『!!!っぐう!』
何だ!これ!! 頭の中に…何か…流れ込んでっ!
ゾゾゾ…と表現すればいいのか、不快な感覚が身体に伝わる! 耐えかねた俺は反射的にスマホを投げ捨ててしまった。
──直感した。これは、ヤバイ!と。
つい投げ捨ててしまったスマホの画面が目に入る、そこには赤と黒に点滅する文字が表示されていた。
「エラー?アンインストール開始?って…おい!」
その文字ごと画面にノイズが走り、勝手に再起動が始まってしまった。
そして、再び立ち上がった画面から『SS』は消滅していた。
「一体、何なんだよ。」
軽い目眩を覚え、額に掌をあてると汗が滲んでいた。
しかし、気分の悪い感覚だった……。
『ハイ』になるって? とんでもない。
こんな感覚は二度とごめんだ。
食欲も失せてしまった為、俺は教室に戻る事にした。
── 授業が始まり。
ふと、視線を感じグラウンドに目を向けた時だった。
正門に立つ女性の姿が見え…次の瞬間、
俺と視線が合った。
その女性は、微笑を浮かべ、真っ直ぐに俺の方をみているようだった。 黄色のサマーニットを着たショートカットの女性。その瞳に吸い込まれそうに……。
「……さん…佐々木さん、大丈夫?具合が悪かったら帰っていいのよ」
「あ、先生すいません…大丈夫です」
我に戻り、正門に視線を戻した時には女性は消えていた。
──幻覚だったのだろうか?
その後の授業は全く集中出来る訳もなく、昼前には早退する事にした。
「バカな事したな…ヤバイとはわかっていたけど」
ふらつく頭で校門を抜けた時だった、スマホがメールの着信を告げた。
『学校休んでるんだったら、ウチ来ない?』 そこには遙からのメッセージ。 昨日の件で落ち込んでるのかもしれない。
「仕方ないな…」と、呟くも、何だか気分が高揚しているのに気付く。
俺は遙を意識しているんだろうか?
好きではあるが、それは兄妹に似た感情なんだろうけど、最近何だかこう……。
知らず知らずに歩調が早くなり、商店街を抜ける。その時、俺は浮かれた気持ちだったのか気付かなかった。
商店街を行き交う『人』の動きが、えらくゆっくりだった事に。
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