第4話 突然死

 重厚な扉を抜けると、ふかふかな絨毯と豪華なシャンデリアが目の前に広がった。

 如何にも高そうなテーブルの脚は猫の前足のような曲線を描いており、それらが組み合わされ一つの大きな長テーブルになっていた。

 真っ白なクロスがひかれたその上にはアートの様な料理がロウソクの揺らめく光に照らされ、まるで生きているかのように表情を変えている。

 つまり、絢爛豪華とはこの事を云うのだろう。


「それでは! 佐々木 奏太君より一言挨拶を!」

 皆が着席した後、豊田副部長の発声で一斉に視線が集る。

 その瞬間、頭の中にあった筈の『挨拶用台本』は白紙へと姿を変えてしまった訳で…

 つまり、何を喋ったか覚えていない。


「へえー、中学ではサッカーやってたんだ。脚、残念だったね。あっ、僕は、関 優弥ユウヤ。同じ1年だよ、宜しくね」

 隣の席に座っていた優弥が、ウェーブ掛かった髪を弄りながら話し掛けて来てくれる。


「あ、うん、宜しく」

 ──しかし、そんな事まで喋ったのか、でも、何だか気持ちが軽くなった様な気もするな。


「佐々木君、挨拶ありがとうね、今度は私達が自己紹介しましょうか」

 部長が発したその言葉を皮切りに一人ずつ自己紹介が始まったのだが……。 うん、一気に覚えきれないよね? 先ずは全員の名前を覚える事が課題だな。


 とりあえず、3年は7人、2年が8人、1年が俺を含めて5人という事はわかった。

 その後、副部長の豊田さんより乾杯の掛け声があり、皆が料理に舌鼓を打つ中、俺は挨拶に行ったり来たり……。

 残念ながら、料理を味わえる余裕が無かったのは俺の器の小ささ故の事だろう。

 至福の笑みで料理を貪る遙が羨ましいなどと考えていると、向かい合う席から質問があった。

「ねえ、奏太君。遙とはどういう関係なの?」

 話しかけて来たのは、『ゆるふわおさげ』の『丸眼鏡』。見るからに優等生女子という言葉がピッタリで、たしか同じ1年の……。

「美園さんだったよね、遙はただの幼馴染だよ」

 不意に遙の眉がピクッと動くのが見え、刺すような視線と目が合った。

「私も名前の『由紀』って読んで欲しいわ。」そして、耳元で「奏太君けっこうタイプなの」と。

 ちょっと待て!おさげの女の子は草食系という俺の定説が覆っただと!

 いやいや!それより、告白された!?

…俺が!?

「うふふっ、ジョーダンよ。余りにも緊張している様だったから…ね?」

 悪戯な笑みを浮かべる由紀さん。 見た目とのギャップが凄い人だ。

「ちょっと!奏太!なんて表情してんのよっ!」

 そして、何故か遙に怒られた。


 もう一人の1年生はショートカットの似合う小柄な女の子で蒼井 緑さん。植物が好きで、研究テーマもそれに関する事が多いのだとか。たしか、今日の発表で草花にも『意思』があると言ってたな。


 しかし、緊張したものの、今日は沢山笑った。こんな感覚になったのは久しぶりな気がする。

 楽しい時間はあっという間という言葉の通り、時間は過ぎ歓迎会は解散となった。


「ちょっと遅くなっちゃたわね」

 帰り道、前を歩く遙が呟く。

「やっぱり、奏太は笑っている方がいいよ。どう?楽しくやれそうでしょう?」

 

 『そうだな』と、返答しようと視線を上げた時だった。

 少し前方に居た人影が目に映る。

その人物は、不自然にスマホを頭にかざしている少女だったが、次の瞬間、まるで糸を切られた操り人形の様に崩れ落ちた。


「なっ!?」「えっ?」

 遙も異常を察知したのか、俺の視線の先に目を向ける。

「大丈夫かっ!?」俺は無意識に駆け寄り、少女を起こそうとするが……。

「い、息をしていない! 遙ッッ、救急車をっ!」


 そして俺は見た……。

 少女が握り締めているスマホの画面に表示されている『SS』という文字を。 そして、勝手にアンインストールと表示され、『SS』が画面から消え去っていく様を……。


 これが、初めて見る『突然死』の瞬間となった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る