第2話 『SS』

『一昨年から始まったとされます、『突然死』でお亡くなりになった方が2000名を超えました。ご冥福をお祈りすると共に、国は総力を挙げて原因追求に取り組んで参ります』


 夕方のニュースに、今朝行われた記者会見の模様が映し出されている。

 頑とした表情で会見に応じているのは、『水崎 誠一郎』総理である。


「やだ、可哀想に…奏太も気をつけるのよ。若い子ばかり亡くなってるんだから……あっ!」

 母の芽亜は夕飯のオムライスに巻く薄焼き玉子を破ってしまった様だ。『失敗、失敗』と、一人事を呟いている。


「今日、入部届出して来たよ。遙と同じ研究部」

 意図せずに言葉がぶっきらぼうになってしまう。

 俺が脚の靭帯を損傷して、サッカーが出来なくなった時に、俺以上に母が泣いてくれたお陰で立ち直れた様なものだ…感謝しないといけないのに。

 心のこもっていないその言葉に対し母は、『それは良かったわね』と、笑顔で返してくれた。


「今日も、お父さん遅くなるみたいだから、先に食べちゃいましょ!」

 そう言うと、テーブルにラグビーボールほどの大きさをしたオムライスが2つ置かれる。

 母のオムライスは玉子が所々が破れており、気遣いで俺に出すつもりだった失敗作を自分の前に置いたのだろう。


「別に形なんてこだわらないのに…ところで、そんなに大きいの食べれんの?」

「ふふっ、母さんを甘く見ない事ね!」

両手を腰にあて、自信満々で答えた母だったが二十分後にはその自信は微塵も感じられない悲壮な表情になっていた。


 涙目で、決して残すまいという意思のみで、スプーンを動かす姿がいたたまれなくなり、「残り食べてやるよ。」と口からこぼした途端、嬉しそうに「流石は父さんの子ね、優しいんだから」と、頬を緩ませた。


『ヴヴヴッ』テーブルの上に置いていた俺のスマホが振動する。

 画面には『はるちゃん』という文字が表示されており、それは、遙から着信だった。


 ──昔登録した名前のままだったな、後で更新しておこう。と、思いながら画面の応答をタップした途端だった。


「もしもーしっ!奏太!?」

 という音量設定を間違っていたかと錯覚するかの爆音が鼓膜を貫く。

「いっ?!声がでかいんだよ! 家越しに声が聞こえてるぞ!」

 遙が興奮すると声が大きくなる癖は昔のままだった。家越しに声が聞こえると言ったのは、あながち嘘ではない。


「ごめん、ごめん。今、部長から連絡があってね。明日の部活遅くなりそうだから、みんなで晩ご飯行こうって!」


「ふーん」


「ふーん…って、ノリが悪いわね!奏太の歓迎会も兼ねてるのよ。大丈夫よね?」

 マイク部分を押さえ、「母さん、明日歓迎会してくれ…」言い終わらないうちに指でOKサインをしてくれる。やっぱり、遙の生の声は家越しに聞こえている様だ。

「行けるよ。」

「オッケー!じゃあ、明日はお洒落してきなさいよ!部長が『シエル』予約してくれるみたいだから」

「シエルって…高級フレンチの店だよな?そんな金持ってないぞ!?」


「そ・れ・が!オーナーが部長の親戚だから、貸し切ってくれるんだって!さらに一人千円でいいって!そうそう、奏太は無料よ!」


 ──おいおい、そんなに価格破壊して大丈夫か?

 たしか、ドレスコードの店だった筈だが…

と、頭に中を疑問が駆け巡るが、有り難いお言葉を素直に頂いておく事にした。

「そりゃ、楽しみだな!」

「でしょ!」

しばらく話している内に、いつしかよく遊んでいた頃の口調に戻っていた。

 電話を切った後その事に気づき、少し恥ずかしさが込み上げて来る。


「久しぶりに奏太の笑顔を見た気がするわ、本当に良かったわね」

 母が皿を洗いながら、微笑んだ。


 自分の部屋に戻ると、スマホの画面を開く。

『魂を奪うアプリ』と、如月部長は言った。

検索をかけて、しばらく探してみるもゲームや、動画の類しか出てこない。

「そう簡単には見つからないか…」

しかし、本当にそんな物が存在するのだろうか?実にオカルト地味た話ではないか。

この科学の時代に超常現象なんて……。


 不意にハンガーからズボンがずり落ち、バサッという響きで咄嗟に身体が反応してしまった。

「…!!びっくりしたぁ。全く、タイミング悪すぎだよ。…ん?」

 スマホの画面に『私の息子はゲームに命を奪われました…』という文字が表示されている。

 どうやら、意図せず、どこかのページを開い

てしまったようだ。


『…正確には、そのゲームではなく、無料でキャラクターを入手出来るアプリによるものと思います…』

 これは?ドンピシャか?

『息子がスマホを不自然に頭に当てていたので、何をしているのか聞いてみた事があります。なんでも、そうする事でゲームのキャラクターを無料で得る事が出来るのだとか言っていました。』


 …頭に…当てる?


『息子の画面にはこう書かれていました。『SS』と…』

そこで言葉は終わっていた。

 すぐさま、『SS』というアプリを検索してみる。

 すると、「あった…」

そこには、『スマホゲームのガチャし放題の神アプリ!』というキャッチコピーと、『SS』というタイトルが現れた。


 ──これが、魂を奪うアプリ?

背中を冷たい汗が伝う。嫌な予感はするものの、沸き起こる好奇心の方が上回り、気付けばインストールボタンを押していた。


 しかし…ダウンロードが遅い。

それ程容量の大きいものなのか?

かれこれ10分位経っただろう筈なのに、まだ、13%という表示から一向に進む様子がなかった。


「まあ、明日部長に報告するまでにダウンロード出来ればいいか」

 ベットに仰向けになり、暗い天井を見上げながら今日の出来事を思い返す。

 しかし、如月部長は綺麗な人だったな…

遙も大人っぽくなってきて、最近では意識するようになって来たのだが、部長に比べると幼さが残って見えるな…

 そんな事を考えているうちに、いつしか眠りに落ちてしまった。

 だから俺は気付かなかった、スマホの画面に『充電してください』という表示が出ていることに。


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