死を呼ぶ3周年パーティ

木下たま

お題「3周年」


 

 2016年2月29日にオープンした私のサロンは今日で三周年を迎える。

 思えば、私の人生の選択はすべて正しかった。専門学校を卒業して最初に勤めた高級エステサロンは業界最大手だった。富裕層の上客が多く、最初に接客をみっちりと仕込まれた。専門学校の同期である里佳さとかは安売りサロンへ入社したため、通り一遍の研修を受けたのちすぐにエステシャンデビューした。学生時代はミスコンの常連だった里佳は、その美貌が社内でも話題となり広告塔としてマスコミ対応を任されるようになった。当時、私がまだカルテ業務をしていることを知り「サロン選びに失敗したね」とずいぶん同情された。里佳は客と『友達』のように話す。客を『〇〇さん』と呼ぶ。私のサロンでは考えられないことだった。私たちはどんな客でも必ず『〇〇様』と呼ぶ。客の前だでけではない。スタッフ同士でも徹底している。客が望めばプライベードの話題に踏み込むが、あくまでも望めばだ。私たちのサロンでは社内の厳しい検定を段階的にすべて受けたのち、先輩のお客様や関係者のお体で最後の試験に臨む。そこで合格が貰えて初めて、エステシャンデビューができるのだ。

 私がエステシャンとなってから担当させていただいたお客様はほとんどリピータとしてサロンへ通ってくれるようになった。そんなに時間がかからず、指名料は基本給を超えた。入社から数年が経つと当時大人気だったモデルのレイナが上得意となり、そこから人気女優やアイドル、ママさんタレントと呼ばれる芸能人が私を指名してくれるようになった。彼女たちは多くの秘密を抱えている。打ち明けてくれるそれらを私は決して口外しない。

 それからほどなく引き抜きの話がきた。私は自分が担当するお客様を連れて次のエステサロンへと転職することにした。オーナーのいずみからは『まだあなたに投資した分を返してもらっていない』『当サロンのお客様はあなたのお客さまではなくサロンのお客様よ』と言った激しい非難にあった。だが半ば強行突破で店を辞めた。

 引き抜かれたサロンも大手だったがシステムに大きな違いがあった。完全歩合制だったため好きなやり方で働くことができた。私は女性を綺麗にすることが大好きだった。そのため自分の采配で仕事ができることはこの上ない喜びであり遣り甲斐だった。だがしばらくすると、こんな風に働くのであれば自分で開業した方がいいのではないだろうか、と考えるようになった。そこからは出来るだけオーナーの咲絵さきえと時間を共に過ごすようにして、経営のノウハウを覚えていった。そうして三年前、念願だった自分のエステサロンをオープンさせた。

 恋人もできた。レイナのマネージャーであるみなととは、レイナを通じて何度も顔を合わせた。お互いに意識しあうまでに時間はかからなかった。運命の人に出会った、今でもそう思っている。

 順風満帆だった。運と人脈に恵まれ、お客様に愛され、なにより仕事が大好きだった。マスコミにも感謝している。テレビや雑誌で取り上げられてからの収入は私の想像のはるか上をいった。だが私は富を独り占めせず、友人やお客様にも還元しながら毎日を精一杯、生きた――――





    *   *



「直接の死因は後頭部を殴られたことによる外傷性ショック死。ですが体のあちこちに傷があります。犯人が刃物を持って襲った際、抵抗して付けられた傷だと思われます」

 枝川えだがわは集まってきた捜査一課の精鋭刑事たちに報告した。

 現場には揉み合った痕跡があり、これからパーティでも始めるつもりだったのか、キッチンカウンターにはケータリングの料理やワイングラス、ケーキ皿などが置かれていた。テーブルには花が飾られている。

「エステサロンの経営者っていうのは儲かるのか」

 先輩刑事が難しい顔を部屋の中へと向けた。枝川も、シューズカバー越しに感じる高級カーペットの踏み心地に感心する。アジアンテイストに纏められたインテリア、部屋のあちこちに置かれたランプ、壁に飾られたいくつもの写真立てからも高級感が漂っている。

「刃物で殺すことをあきらめて手近にあった『これ』に切り替えたんでしょうか」

 枝川は被害者のそばに転がっている尖ったランプを指した。

「――あ。この人知ってます」

 新人刑事の牧田まきたが急に叫んだ。皆で牧田を振り返る。牧田はスマホを取り出して「笹井凛子ささいりんこ三十二才、エステサロンのオーナーですよ」といって載っている記事などを広げた。

「たまに健康バラエティ系のテレビに出てるんですよ。小顔だとかウエストのくびれだとか、芸能人を相手にレクチャーしてて」

「詳しいな」

「彼女がよくやってたんで……」

 若い牧田に恋人がいることは仕方がないとしながらも、独り身が多い捜査一課の猛者たちはこの手の話題が面白くない。鋭い視線を投げつけられた牧田のそばで、枝川は即座に話題を戻した。

「金目の物にも手を付けられてないようだし室内も荒らされていない。ということは怨恨の線が濃いですね」

「あれっ、被害者の指を見てください、なんか不自然じゃないですか?」

 何かに気づいた牧田が被害者の指を見た。人差し指と中指、薬指が伸びて、親指と小指がやや曲がっている。

「『3』ですかね。ダイイングメッセージかもしれませんね!」

 新人牧田は自分の発見に興奮している。枝川も先輩刑事たちも鋭い眼でその指先をみつめた。


 聞き込みを始めた。

 新人教育係という名目で牧田とバディを組まされている枝川は、やや落ち着きはないが好奇心旺盛な牧田を可愛がっていた。

「おまえはどう思う」

 これまでに集めた情報の中、容疑者は被害者宅にあった写真立ての中から絞り込んだ。

 専門学校時代の友人で、現在、被害者と同じにエステサロンを経営しているA(女)。被害者のサロンに通うモデルB(女)。被害者が依然勤めていたエステサロンの女経営者CとD。そして被害者の恋人であるE(男)。


 関係者の話を総合すると、被害者に恨みを持っている人物は相当数いるということがわかった。特に容疑者として名前が挙がった数名はいずれも過去、もしくは現在もなんらかの嫌がらせを受けているということだった。たとえば同じ専門学校卒で現在も交流のあるエステサロン経営者Aだが、親友とも呼べる存在であるにもかかわらず被害者のAに対する嫉妬心は相当なもので、ネットでデマを拡散しているという裏の顔があった。

 被害者のサロンに長く通っているモデルBとは表面上は姉妹のように親しくつきあっているものの、Bがこれまでに被害者を信頼して打ち明けた数々の話をネタに、強請られているという事実が判明した。

 被害者が開業前に勤めていたサロンでは莫大な損害が出ていた。顧客を獲得するために行ったのは『サービス』と称した悪質な割引だった。実際の価格の半値以下で施術を行っていたとみられる。だが証拠がなくオーナーらは泣き寝入りをせざるを得なかったという。退職の際には規定違反を犯して顧客情報の持ち出しもしている。現在は情報漏洩で複数の顧客から提訴され、そのことで被害者と揉めている。

 被害者の恋人Eだが、被害者以外にも複数の恋人が存在し、他の女と手を切るようにと迫る被害者を疎ましく思っていたという証言がある。


 容疑者たちに明確なアリバイはなく、この中の誰が犯人かひとつひとつの可能性をつぶす作業が始まった。



「枝川さん、『3』って気になりません?」

「ああ、あれか」

 事件現場で牧田が発見した被害者の指、確かに『3』と取れないこともない。だが断言するには指の曲がりが弱すぎた。鑑識でもはっきりしないということで、捜査本部ではあまり問題にされていなかった。

「それに部屋にはパーティの準備がしてあったんですよ。グラスも皿も二枚ってことは誰かとなにかを祝うってことじゃないですか」

「まあなあ」

 枝川は唸った。調べたが被害者には祝うような出来事は特になかった。

「もう一回、容疑者たちの周辺洗ってきましょう」

「わかった」


 そうして、事件は解決した。

 新人牧田の読み通り小井田里佳おだいさとか殺しの犯人は被害者が祝うべく部屋へ招いた人物、笹井凛子だった。牧田が被害者の部屋に飾られていた複数の写真の中に見た、カリスマエステシャンであった。

 取調室で素直に罪を認めているという笹井凛子によると、そのパーティが自分のサロンオープン三周年を祝うものだったと証言した。ただし、三周年とはサロンがプレオープンした日であり、世間に公表しているオープン日はこの日から一か月後の3月29日であった。牧田がそこを見破ったのは、我々の追求の中、笹井凛子が恋人からのメッセージを前に、不用意にスマホのロックをパスワードを打ち込んで解除したことからだった。


「殺さなければ、私が殺されていました。仕方がありませんでした」

 そういって笹井凛子は、着ているセーターの首元を下げ、そこにくっきりと残った紐の痕を見せた。

 



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