これが呪いの古書店……? 最高じゃないか!

小嶋ハッタヤ@夏の夕暮れ

永年続く三周年記念セール

「会社爆散しねーかなー」


 そんな叶わぬ夢をつぶやきながら家路についていると「三周年記念セール中」と書かれた店が目に入った。その建物は今にも崩落しそうなボロ家屋で、はっきり言って営業しているかどうかさえ怪しい。


「ここ、確か半年前も同じセールしてなかったか? つーか下手すりゃ三年以上は三周年セールしてるような……」


 とんでもない矛盾を抱えた店だ。と言うかただの廃墟だろう。


 けれど日々の激務で頭がおかしくなっていた俺は、好奇心に誘われるがまま建物の中へと飛び込んでしまった。


 店内は想像よりもずっと綺麗だった。そして何より目を引くのはずらりと並んだ本の数々。それも年代物ばかりだ。


「いらっしゃいませ」


 声のする方へ目をやると、眼鏡をかけた背の低い女性がいた。年の頃は二十歳前後だろうか。俺よりも明らかに若いはずだが、どこか大人びた雰囲気を感じる。その気高さと孤高さは、人気のない墓地に捧げられた一輪の花のようだった。


「ようこそ。そしてさようなら。『次』は貴方の番よ」


「どういう意味ですか?」


 彼女には敬語を使わざるを得ない迫力を感じた。いやそれよりも。言っている内容が理解出来なかった。


「外の張り紙を見たでしょう。ここが延々と三周年セールなんてのをやっているのは、そのままの意味。文字通り、この店の時間が停滞し続けているからなの」


「冗談、ですよね?」


「いいえ、残念ながら。そしてこの古書店は『最後に踏み入った者を番人とする』決まり。私がここを去る代わりに、貴方はここを離れられない。お役目が終わるのは一年後になるか、三年後になるか、それとも……。終年しょうがいをここで暮らす羽目になるかもしれないわ。まあ、ここに居る間は寿命さえ訪れないのだけれど」


 俺は身体を震わせていた。それは恐怖からではなく、ましてや怒りでもない。


 なんてこった……。


「悪いとは思っているわ。私のことを恨んでくれても構わない。ごめんなさ」「やったあああああああ!!」


「は?」


 「望み」がこれ以上ないほどの形で叶ったと知った俺は、思わず声をあげていた。


「こんなサイッコーの店に一生涯のあいだ居ていいんスか! 本好きにとっては夢のような場所じゃないですか!」


 矢も盾もたまらずに棚へ駆け寄り、一冊の本を手に取る。


「見て下さいよこれ! 山海経せんがいきょうの原本ですよ! 重要文化財レベルの逸品じゃないスか!」


 ちなみに山海経とは古代中国発祥の妖怪図鑑みたいな本だ。


「こんなレア物ばっかりの奇跡の古書店、神保町にだってありませんよ! ありゃシャス!」


「……まさか、こう来るとは予想外だったわ」


 彼女は初めての笑顔を浮かべた。まあ苦笑いだったけど。


「私も罪悪感無しに古書店ここを去れるなんて思わなかった。貴方のおかげで気が楽になったわ」


「罪の意識なんか感じないでいいんですよ! 俺には感謝の気持ちしかないんですから!」


「面白い人ね。興味が湧いたわ。ここを出る前に、少し話でもしましょうか。名前は?」


「金田ッス!」


 そして、彼女……里山さんと少しばかり話をすることになった。




 里山さんからこの古書店についていろいろと聞いた。ここは時空と次元が歪曲しているとかで、番人もその影響を受けるらしい。つまり、ここに居る間は年老いることがない。里山さんが見た目の割に大人びて見えたのはそれが理由だった。ちなみに実年齢は教えてくれなかった。


 その他、この古書店の内装やら居住のコツやらを教わったあと、雑談を交わした。


「金田くんは会社勤めなのね」


「ええ。でも俺、この古書店に永久就職するって決めたんで!」


「本当に本が好きなのね、貴方」


「活字があれば食物がなくても生きていけると信じてますから!」


 実際、ここに居る間は食事をしなくても死なないらしい。


「あ、そうだ。グイン・サーガの一巻あります? 初版で」


「あるわよ。伍号棚の上から三段目に」


「マジすか!?」


 この店は棚に番号が振ってある。伍と書かれた本棚へ駆け寄り、お目当ての本を見つけた。


「スッゲー! これ確か市場に流通してるのは改訂版で、初版は内容が少し違うんですよね!」


「三版によると、とある団体から受けたクレームが原因で内容を変更したそうよ」


「博識ですね里山さん」


「古書しか無い場所にずっと居続けたら、誰だって詳しくなるわ」


「でも嫌いじゃないんでしょう?」


 その問いに里山さんは答えなかった。彼女からは俺と同じ活字中毒者のニオイがするんだけれど、長年ここに閉じ込められたとあっては内心も複雑なのだろう。


 里山さんと本を通じて会話を交わすのはこの上なく楽しかった。良書を読み耽っている時よりも心地良い。だから俺は、意を決した。


「里山さん。たまにでいいんで、また来てくれませんか? 番人を代わってくれとは決して言いませんから」


「それは私の司書キュレーターとしての能力を買っているってわけ? 時間はいくらでもあるんだから、好きな本くらい自分で探しなさい」


「何言ってるんですか。里山さん、あなたを同好の士、友人として尊敬しているからですよ。友との別れを悲しむのは当然です」


「貴方、なかなか言うじゃないの……。分かったわ、たまにでよければ来てあげる。金田くんなら、私を騙し討ちにすることもないだろうし」


 こうして里山さんと別れを告げ、俺は新たな番人としてこの古書店に居残ることになった。




 時は流れ。




「いらっしゃいませー!」


 まさか、この古書店を「普通に営業」させることになるとは思わなかったぜ。けれど売上も順調、社畜時代よりも数倍儲かっている。


「金田くん、今日はお店をお願いするわね」


「いいッスよ!」


 里山さんは笑顔で手を振って古書店を出ていった。もはや番人であった頃の面影もなく、憂いの表情は少しも見せなくなっていた。


 ここまで来るのにはいろいろとあった。


 元は里山さんが発端となっている。彼女は何だかんだ言いながら、俺に番人の役割を押し付けたことを気に病んでいたのだ。なので、たまに遊びに来るたび「金田くんが言うのなら私がまた番人を代わってあげてもいいわ」と言うのだ。俺としては別に、地球が滅ぶまでここに居たっていいんだけれども。


 丁重に申し出をお断りすることを繰り返しているうち、俺はあることに気付いた。「かわりばんこに番人をやっても問題無いんじゃね?」と。誰か一人が古書店に残る必要があったとしても、それが同じ人間であり続ける必要は無いと考えたのだ。


 そして実際そうだった。試しに一日だけ里山さんにバトンタッチしてみたが、俺は何の問題もなく店外へと出ることが出来た。俺と里山さん、二人が交代制を取ることで番人の長い束縛から開放されると分かったのだ。


 そうとなれば可能性も開けてくる。この古書店にはありとあらゆる貴重な書物が眠っていた。それを俺一人が独占するなんておこがましいにもほどがある。人類の至宝とも言うべきこの古書店を公の目に触れさせることは、俺の使命としか思えなかったのだ。


 俺は貯金をはたいてこの古書店のリニューアルに着手した。業者には「絶対に店内には入らないように」と厳命したうえで、外装だけを綺麗にしてもらった。


 中はあえてそのままにしておいた。もともとが古書店のムードたっぷりの内装だし、何より取り扱う本は極上の品ばかりだ。価値の分かる人がこの店を知ってくれれば、自ずと客も増えると見込んだのだ。


 俺と里山さんは番人を交代しつつ、店の立ち上げに尽力した。


 店名は「三周年」になった。おかしな名前だとは思うが、あの言葉が全ての始まりだったのだから仕方がない。「三周年記念セール中」。俺も里山さんも、あの永年続いている謎のセールが気になってこの店に入ったのだ。あ、でも誰が紙を張ったのかは分からずじまいだったな……。


 この店、どこからともなく古書が補充されるし、空間が歪んでいるから見かけ以上に広い。外界のルールからはいろいろ逸脱している店だけど、今のところ大きな問題も起こっていない。まあ間違って閉店間際に来たお客さんを「番人」にしてしまいそうになったことは何度かあったけれど。


 そして明日はリニューアルオープンしてから、晴れて三周年の日。


 里山さんとは、今まで友人として、ビジネスパートナーとしての付き合いを続けていた。けれど、明日の節目の日に「もう一歩」踏み出そうと思う。遅すぎるかもしれないが、仕方ないだろ。俺もあの人も奥手なんだ。


 こういう時、本当だったら花束の一つでも用意すればいいんだろう。でも俺はこの三年間で里山さんの好みを熟知していた。


 きっとあの人ならば。大輪の花よりも、一冊の古書を選ぶだろう。


 俺はどんな本を渡せばいいか悩みながら、本棚の整頓をするのだった。

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