第18話 邂逅!超人VS変人……そして恐人
翌日、俺は改めてスティールフォートへとやって来た。
扉を開けて中へ入ると、カウンターには帳簿に目を通している人が。
眼鏡をかけ、三つ編みを右肩から垂らした20代半ばくらいの黒髪の女性だった。
「あらあら、いらっしゃいませ。何をお求めですか?」
どうやらお客さんと思ったらしく、女性は顔を上げて笑顔を向ける。
多分この人がドーインの言っていた事務係の人か。
「あ、俺は面接を受けに来た――」
「まぁまぁまぁ、あなたがファリスさん? 私はここで事務職を承っているソフィア・ヘンリットです。それではさっそく始めましょうか」
広げていた帳簿や書類を一つにまとめてからカウンターでトントンと叩いて揃えると、左手を奥の部屋へ続く入口の方へ向けついて来るように促す。
工房へ繋がる通路の途中にある小部屋に案内されると、中にはいくつかの書類棚とデスク、そしてその前には向かい合うように置かれた椅子が一つ。
ソフィアさんがデスクの椅子を引いて座ってから、これまでの経歴を書いた用紙を手渡した。
とは言えほとんど白紙に近いものだけど……
「どうぞ、お掛けになってください」
広げた右手で椅子を指すので、それに従い腰掛けてから改めてソフィアさんの顔をまじまじと見てみると、昨日も抱いた胸のつっかえが再び蘇った。
「あの、俺達が会うのって初めてじゃないですよね?」
「まぁ、運命を感じるとかいうやつですか? 面接中に口説くなんて随分とゆとりがあるんですね。ふふ」
そう言って眼鏡のつるに手をかけて位置を直すソフィアさん。
どうやら今度は俺の勘違いだったようだな。完全に余計なことを言ってしまった。
そんなやり取りの後に用紙に目を落としたソフィアさんだったが、時が経つに連れて微かに浮かべていた笑顔が消えていく。
何だかだんだんと心の中に不安が広がってきたと同時に緊張が急激に増してきた。
「ファリスさん、学生時代以降の経歴が書いていませんがこれまで職に就いたことは?」
病気の為に急に休んだり倒れたりするかもしれない体のせいで、これまで定職に就きたくても断られ続けていたからな。
ほとんどその日暮らしに近い生活を送っていた理由を伝えねば。
「はい、体質のせいで働くことが出来なくて……」
「なるほど、体が働くことを拒絶するというわけですね」
あれ? ちゃんと伝わったのかな?
何となく違う意味に受け取られてるような気も。
「不躾な質問なのですが思い切って聞きます。現在の貯蓄はどのくらいでしょう?」
本当に不躾だな。
面接ってこういうことまで聞かれるものなのだろうか?
でもあまり間を開けるのもよくないかな。ここは正直に答えておこう。恥ずかしいけど。
「いえ、全くないですね。今はその日に食べられれば御の字くらいの生活です」
険しい顔で何度も頷くソフィアさんは、心なしか少し息が荒くなっているように感じた。
「では最後の質問です。正直に答えてくださいね。あなたは本当に働きたいと思っていますか?」
これはどう考えても「いいえ」と言ってはいけないだろう。
だけど不意に俺の頭の中にはメルリエルの言葉が過ぎった。
それも「繕うな」という部分だけが。
生活費のことを気にしないのであれば、正直に言うと働きたくはない。
夜の活動のことを考えたら少しキツいところもあるからな。
――! もしかしたらこれは俺が口からでまかせを言う人間かどうかを試されているんじゃないか!?
そんな考えを巡らせて、迷いに迷った挙句に出した答え。それは――
「出来ることなら何にも縛られず自由に生きたいですね」
次の瞬間にソフィアさんは書類をデスクに叩きつけた。
そのまま俯いて体を震わす様子を見て、俺は口にするべき選択肢を間違えたことを悟っていた。
自分に適した仕事だとは思ったんだけど……こうなっては仕方がない。
すんなり成功するとは思ってはいなかったし、この失敗を教訓にして次に活かすとしよう。
「素晴らしい!!」
「え?」
顔を上げたソフィアさんの目は輝いていて、どことなく興奮しているようにも見えた。
それにしてもどういうことだ? 素晴らしいって……俺、褒められたってことでいいのかな?
「あなたの人生背景! 仕事に対する価値観! 危うい生活環境! 全てにおいて完璧です! 完璧なダメ人間です!!」
褒められてるのは間違いないようだけど……受け取る側としてはどうあっても喜びなんて湧いてこないよな。
「私って弱いんですよ! そういうダメな男性に。何だか放っておけなくて無性に世話を焼きたくなるんですよね!」
あぁ、ようやく理解できた。
ちょっと変なんだな。この人。
それはともかくとして、結局俺の合否はどうなったんだろうか。
一応感触はよかったんだし、ここで働かせてもらえるのかな?
「いいえ! あなたは働かずに自由に遊んでていいんです! 私が一生面倒を見ますから! その純粋なまでのダメっぷりを貫いてください!」
身を乗り出して叫び倒すソフィアさんの目はもはや正常なものではなかった。
もしかしたら今すぐにでもここから逃げた方がいいのではないかと思えるくらいに。
「誰もいないのか?」
その時、まるで助け舟のようにカウンターの上の呼び鈴がチリンと音を立てた。
「あらあら、お客さんかしら?」
勢いをくじかれて椅子から立ち上がり、パタパタと足早に店内に戻るソフィアさんだったが、その後に聞こえてきた訪問客との会話に興味をそそられた。
「なんだ、姉さんだったのね」
「客に対してなんだとはなんだ。それにしても店を空にするとは随分と不用心ではないか」
「ちょうど事務所で面接をしてたのよ。うふふ、すごい人材を見つけたんだから」
「すごい人材」の意味もだけど、それ以上に姉さんと呼んでいたことが気になった。
つい好奇心に駆られて顔を見てみたくなった俺は、部屋を出てソフィアさんの元へと行ってみる。
するとカウンターの内と外、それぞれにソフィアさん……ソフィアさんが二人……?
俺が何度も交互に顔を見比べていると、その滑稽な姿にクスッと笑いを漏らすソフィアさんが説明をしてくれた。
「実は私達は双子なんですよ。紹介しますね、こちらは姉のオリヴィアです」
オリヴィアと呼ばれた女性は俺のことを一瞥すると、眼鏡のつるに手を添えてクイッと位置を直した。
最初は髪型はともかく、顔の見分けは全くつかないと思っていた。
だけどマジマジと見てみると、ソフィアさんは垂れ目でおっとりした印象なのに対して、オリヴィアさんの目は切れ長で気が強そうな感じだ。
「この子がさっき言っていた『すごい人材』とやらか?」
「いや、まぁ……俺はファリス・ラドフォードです」
俺が名乗った途端にオリヴィアさんの涼しげだった顔は驚きへと変わっていった。
「ラドフォード? そうすると君はアレクシス様の?」
この人、父さんのことを知っているのか?
それにアレクシス様というのは……?
「当たり前ですよ。この街に住んでいる者ならラドフォードと聞けば真っ先に頭に浮かんできますし、何より姉さんは鉄皇団の一員なんですから」
今度はこちらが驚かされる番だった。
それと同時に軽鎧を身につけるその姿を、以前にも目にしたことがあることを思い出した。
創生祭の時にハルアランの後ろに控えていた女性がオリヴィアさんだったのか。
「驚くのはまだ早いですよ。なんと! 姉さんは鉄皇団の副団長を任されているんですから!」
俺は思わず腰が砕けそうになる。
鉄皇団の副団長と言えば、ナイトリンクスを捕縛せよと唱えている本人じゃないか!
そんな相手とこんなところで邂逅することになるなんて……
こういうのをまさに「好奇心猫を殺す」と言うのだろうか。
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