第16話 NIGHT LYNX

「もう八人もやられちまったのか。しかも素手で。どうやらただの仮装野郎じゃないみたいだな」


 警戒してるのか、いつの間にか男達は一度距離を取っていた。

 数えてみたところ、残っているのはあと十人か。


 俺は二、三度その場でステップを踏み、ゆっくりと片膝、そして両手を地面につける。


「ぶはっ! なんだこいつ。今さら『見逃してください!』なんて懇願でもすんのか?」


「そこの女どもを大人しく渡して、今後は俺たちの為に働くって誓うなら考え――」


 棍棒を持った大男が言い終えるのを待たずに俺は急速接近し、跳んで頭を両手で掴み、顔面に膝蹴りを見舞ってやった。


 手を離して空中で体を横に捻り、その回転を利用して傍にいた男を蹴りつけ、着地してすぐにもう一人の男の顎を下から拳で打ち上げる。


 一瞬のうちに三人が地面に伏す音がしてから、初めて状況を飲み込めた残りの男たち。


 もう同じ場所でただ迎え撃つだけの戦いはやめた。

 どの道ここにいる全員を倒さなければいつまでも終わりが来ないんだ。

 ならばアリサ達に手を出す時間も与えないくらいの速さで殲滅する。


 一歩前に出ると周りの静止も聞かずに一人が剣を振りかざし向かってきたので、腕を掴んでから腹部を殴り一撃で沈めた。


 その際に剣を奪い、切先を完全に気圧されている様子の男達へと向ける。


「膝まづいて『見逃してください!』と懇願するくらいの自由は与えてやるよ。尤も受け入れる気は微塵もないけどな」


 眉間のシワを一層深くしてから五人の男たちが同時に仕掛けてくる。


 だが何事もなく脇を通り抜ける際、手刀や剣の柄でそれぞれの首筋を叩くと、全ての者が自分を支える糸が切れたかのようにその場に転がった。


 残るは最初に合図を出していたリーダー格と思われる男だけ。


 さっきまで立っていた場所にはその姿はなく、足音を辿れば門へ向かって走っているところを視界に捉えられた。

 どうやらこの混乱に乗じて逃げる算段だったようだ。


 俺は地面を蹴って高く跳ぶと、男の前に降り立った。

 それから裏拳打ちで転倒させ、馬乗りになって動きを封じる。


「ひぃっ!……わ、悪かった! もうお前たちには手を出さない! な? だから見逃してくれ! いや、ください!」


 何も答えないまま剣先を顔に向けると、男は逃れようと体をよじらせ、一際声を張り上げた。


「す、すみません! ごめんなさい! そうだ、俺が貯め込んだ財産も仕事の権利も全て差し出します! これで金も女も思いのままに出来ますし、悪い取引じゃないでしょう? ね?」


「そうか、それは随分と魅力的な話だな」


 男は薄ら笑いを浮かべて何度も頷く。

 きっと俺が話に食いついたと思ったのだろう。


「だがそこまでしてもらうのはあまりにも申し訳ない。気持ちだけいただくとして、謹んで辞退させてもらうよ」


 男の顔が凍りつく。

 そして俺は手にしていた剣を――


 一度持ち直して柄の部分で思いっきり顔を叩いた。


 白目をむいて動かなくなったことを確認してから立ち上がり、辺りを見回すと立っているのは俺を含め三人。

 どうやら方は付いたようだ。

 全て終わったことを伝え、安心させてやる為に二人のところへと歩み寄る。


「もう大丈夫だ」


 守るように自身でメリダを覆っていたアリサは体を離すが、今一度見ても外傷はなさそうで安心した。


「あ、ありがとう……創生祭の時も見てたけど、本当に強いのね」


 まだ平常心には戻らないだろうに、アリサは一生懸命に笑顔を作っているようだった。

 メリダの方は相変わらず無表情……いや、気のせいか少し睨んでいるようにも見える。


 その顔の意味することを思案していると、ここへ向かってくる複数の足音が聞こえてきたので、俺はその主の正体を知る為に会話を聞き取ってみた。


『こっちの方だったよな。何やら騒がしい音がするって通行人が言ってたのは』


『もしかしたらあの女の子が話していた件と関係してるかもしれないぞ』


 おそらくはロールが家まで連れてきた鉄皇団か。

 手分けして周辺を捜索して、情報を元にここまで辿り着いたのかもしれない。

 ならば長居は無用だ。

 おじさんの話だと今の姿の時はあまり鉄皇団にはいい印象を持たれていないようだし。


 俺は踵を返してこの場から離れようとするがアリサの声がそれを引き止めた。


「待って! もう行っちゃうの? 少しお話できないかな?」


「なんだ? 時間がないから手短に頼む」


 自分の安全のことを考えれば無視して行くべきなんだろうけど、好奇心というか、何を聞かれるのだろうかとつい気になってしまったのだ。


「あなたは何者なの? 一体誰なの? どうしてこんな事をしているの?」


 怒涛の質問攻めだが沈黙を貫いた。

 聞きたくなる気持ちは分かるが、どれも答えにくい質問だったからな。


「……って、わざわざ仮面で正体を隠してるのに答えてくれるわけないか。じゃあ、最後に――」


 頭を搔きながらバカなことを聞いたと照れるアリサの最後の質問、それは――


「また……会える?」


 何も言わずに俺は走り出し、跳躍して門とは反対側の塀の上へと移動する。

 しかしそこに留まると、振り返ってアリサへその問いに対する答えを告げた。


「俺は自分の力をこの街に住む全ての人の為に振るうと決めたんだ。個人の感情に応じることは主義じゃない」


 目を伏せ黙って頷くアリサに背を向け、まだ続く言葉を口にする。


「けれど君が俺の力を必要とするほどの危機に陥ったならばすぐに駆けつける。だから、その時が来ればまた……」


 それを聞いてどんな反応をしたのだろうか。

 敢えて確かめもせずに俺は別の建物の屋根へと移ると、この場から立ち去った。



 自分が言ったことに後悔はない。


「何を差し置いても君だけの支えになる」――それがファリス・ラドフォードとして偽りなく心に抱く想いだ。


 しかしこの姿の時は俺であって俺ではない。

 これから自分の成そうとしていることを考えれば、個人に深入りするべきではないのだろう。


 それが大切な人なら尚更なんだ。





 元の衣服に着替え、さりげなく現場へと戻ると既に多くの鉄皇団によって建物は封鎖されていた。


 その後アリサ達がどうなったのかが気になり、野次馬たちを掻き分け中へ入ろうとするも……まぁ、当然止められる。


 強行突入するわけにもいかず、しばらく辺りをウロウロしていると、門から団員に連れられたアリサが姿を現した。

 どうやらちょうど事情聴取が終わったようだ。


「アリサ!」


 声が届いたのか、しばらく人混みを順々に確認していたアリサの目が止まるとこちらに駆け寄ってきた。


「アリサ! 怪我はないか!?」


 そんなことは知っていたはずなのに、両肩を抱きながら不意に口走ってしまった。

 なんだか仮面を外した途端にさっきまでの事が本当のことだったのか分からなくなっていたからだ。

 これも俺の二重生活に対する意識が上がってると受け取っていいんだろうか。


「うん、大丈夫よ。あの仮面の人が助けてくれたから」


 その言葉に数度頷くと二人に無言の時間が訪れたが、アリサはこんな雰囲気の中にも関わらず明るく振る舞っていた。


「あはは、後先考えずに飛び出したら簡単に捕まっちゃって、私バカみたいだよね! でもお陰であいつらの足止めにもなったし、メリダとロールも再会できたし、ちょっとは役に立ったのかなぁ……なんて」


 俺は今のアリサの表情が何を表しているのか知っているからこそ強く抱き締めた。

 本人は驚いているが、それでも構わずに。


「もう……無茶をするのはやめてくれ。誰かの為にいつでもひたむきになれるアリサは好きだけど、二度とこんな思いはしたくないんだ」


 自分の手が添えられた小さな背が震えているのを感じた。

 あのような場面でアリサが明るく笑顔で振る舞う時は、相当無理をしている証拠だというのは分かっていた。


「ごめん……ごめんね。本当はすごく怖かったの。お父さんやファリスやリリィにもう会えなくなるんじゃないかって……」


 俺の背に手を回し、顔を肩に埋めてアリサは泣き出した。

 子供のように声を上げて。

 きっとここまで我慢してきた分が一気に溢れ出ているんだろう。


 それを思うと俺だって泣きそうになるが、今は何としても堪えることにした。

 自分でもよく分からないが、それが男としての意地のように感じられたから。





 翌々日の昼頃、街に点在する新聞の設置場所へ行ってみると見事に空になっていた。

 それならばと二、三箇所ほど他を回ってみても同様であった。

 いつもなら夕方になっても三分の一くらいは残っているのにどうしたことか。


 諦めて帰路につくとその途中、読み終わったのか、忘れていったのか、カフェのテラス席に新聞が一部置かれていた。


 それを手に取ってみると、驚いたことに一面を飾っていたのはアリサの記事である。


 書かれていたのは一昨日の晩のこと。

 犯罪組織から二人の市民を助けたのは、黒い衣装と仮面を纏った謎の男。

 狩りをする山猫のような身のこなしで武装した十数名の男たちをたった一人で一網打尽に――といった内容だった。


 そして俺は最後の一文に目を通す。



「彼は言った。『自分の力はこの街に住まう全ての者の為にある』と。だからもし、あなたが危機に直面した時にはきっと目の前に現れるはずだ。夜の闇の中で悪を挫く英雄、≪ナイトリンクス≫が」

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