第15話 守るための戦い方
アリサが傷つけられそうになったことで頭に血が上り、咄嗟に男に襲いかかってしまった。
それによって行動が雑になり感づかれたのか、建物の中にいた者たちが物々しく外に向かって移動しようとするのを感知した。
「あの、どうかした?」
しばらくこの先の展開について考えを巡らせていた俺に、アリサは訝しげに声をかけてくる。
「二人は今すぐにこの場から離れてくれ。間もなくもっと大勢の男達がやって来る」
「で、でも……あなたは?」
アリサが不安そうに聞いてくる。
「無事に逃げられたのを確認したら速やかに離脱する。だから何も心配するな」
俺の言葉に頷くと、アリサはいまだに立ち尽くしたままであったメリダの手を引いて走り出すが、体を後ろに引かれ体勢を崩す。
メリダが微動だにしなかったのだ。
怖くて足が竦んでしまっているのかと思ったが、そんなことを微塵も感じさせないほどメリダは淡々とした声で言葉を発した。
「私……行かない。放っておいて」
呆気にとられていたアリサだったが、我に返ると少しばかり語気を強めてメリダに言い聞かせる。
「何言ってるのよ! あいつらに捕まったら知らない街に連れて行かれるんでしょ!? ロールだってあなたの帰りを待ってるんだから!」
それを聞いて、ずっと全てを諦めたような表情をしていたメリダは悲しげな目をする。
その後に体が少し前に傾いた気がしたが、すぐに顔は元の無機質なものへと変わってしまった。
「あなたには関係ないじゃない。もう……構わないで」
引っ張るアリサに踏ん張るメリダ。
お互いに全く譲らないものだから、やむを得ず俺が無理やり抱えて行こうと思った矢先に建物の中から五人男が、そしてタイミングが悪いことに門の外からは十数名の男達が入ってきた。
「おいおいおい、酒でもたかるついでに見送りでもしてやろうと思ってたのに、こいつらもう酔い潰れてんのか?」
合流してきた者の一人が気絶している男を足蹴にする。
「んなわけねぇだろ。ほら、あいつにやられたんだろうよ」
親指でこちらを指す別の男の言葉で全員が顔を向ける。
アリサとメリダを連れると俺は二人ごと囲まれてしまわないように敷地内の塀際へと移動した。
正直状況はこの上ないくらい最悪だった。
こうも平地の多い場所では俺の得意とする立体的な機動力を活かした戦い方が出来ない。
それにあまりにも大人数でかかってこられると、反応することは可能でも体が遅れて防げないという場合もある。
しかもアリサ達を背に守りながらだとさらに動きを制限されるからな。
逃げることも考えたが難しいだろう。
一人だけならまだしも、女性とはいえ二人の人間を抱えて離れた建物の上に跳んだり、高い塀を超えるには助走距離が足りない。
おまけに塀には足をかける箇所が全くないって言うんだから、これを作った人の仕事に対する繊細さが今は恨めしい。
「最近噂になってる仮面の野郎ってのはお前のことだな。俺らの関係者もチラホラと世話になったみたいじゃないか。正義の味方なのか、それとも同業者潰しか」
一人が片手を上げると各々が武器を構え、振り下ろすのを合図に一斉に仕掛けてくる。
幸いだったのは一斉にとは言ってもこの場にいる全員ではなかったことだ。
やはり肉薄して戦うとなると囲めるのは4、5人くらいが限度みたいだ。
まずは正面から来る男の横薙ぎの斬撃を頭を下げて躱して脇腹に肘を入れる。
次に左側から剣を振り下ろす男の柄を持つ手を掴み、反対から来る男の剣を足で蹴り飛ばし、抑えていた男を振り回してお互いをぶつけた。
後ろからの攻撃に対して振り向かないまま一度身を翻し、まだ悶絶している最初の男の顎先を殴る。
自分の攻撃が外れて体勢を崩しているさっきの男へ回し蹴りを食らわせ、その勢いのまま手の届く範囲にいた二人の意識を同時に奪った。
しかしその時だった。
目に映ったのはメリダを抱くアリサに迫る二人の男の姿だ。
すぐに駆けつけようと気が焦って集中力を切らせてしまい、自分を襲う者への反応が一瞬遅れてしまう。
背後から突き出された剣先を横へ跳んで躱そうとするが脇腹をかすめ、避けた先に待ち構えていた屈強な大男が振るう棍棒が顔を目がけて迫ってくる。
咄嗟に右腕で防ぐが衝撃によって吹き飛ばされ、宙で体勢を立て直してから着地するも痛みと痺れによる震えで力が入らない。
だがそんなことで止まってはいられなかった。
再び急いで二人の元へ向かい、アリサに手を伸ばす男を殴り飛ばして、それに気付いたもう一人が斬りかかってくるが、腕を掴んで地面に叩きつけ、上から拳を打ちつけて気絶させる。
「だ、大丈夫?」
立ち上がって敵の方へ向き直る俺の背中に向かってアリサが声をかけてくる。
右手を何度か握って確かめてみると骨には異常はないみたいだし、既に感覚は戻っていた。
「何も問題はない」
「でも、血が……」
かすった時の傷口を言っているんだろうけど、血は衣服に着いているだけであって、もうほとんど固まっているから本当に支障はない。
「ごめんなさい……私たちが重荷になってるよね」
その言葉が胸に突き刺さった。
言われてみれば確かに俺は心のどこかで考えていたんだ。
『アリサ達さえいなければ』と――
二人がいなければもっと楽に戦えたのに、動きが限定されることもないのにと、どこか存在を疎ましく思っていたんじゃないか。
だけどアリサの自らを咎めるような顔を見て、それは違うと実感した。
俺の全てを鈍らせていたのは自分が背にしているものへの考え方と、曇らせていた両眼だったんだ。
だから俺はアリサに答えた。
「あぁ、そうだな」
返ってきた言葉に、俯いて悲痛な面持ちを見せるアリサに俺は続ける。
「だけどそれは、俺が抱える君に対しての重さでもある。そう思えば不思議と力になる気がするんだ」
一目で分かるくらい顔を赤くして驚くアリサを目にして可笑しくなったのか、仮面の下には自然と笑みがこぼれていた。
心にゆとりが生まれたのだろうが、おそらく敵の人数をある程度減らせたからというだけじゃない。
アリサとの二言三言の会話が俺の中にある想いを再確認させ、今この時に自分が背負っているものを足枷ではなく力へと変えることが出来たのだと思う。
初めて経験する誰かを守る為の戦い。
それを知って俺はまた一つ成長できたのかな。
さっきまでと比べて嘘のように体が軽い。
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